波の章


08380
まかり来て雨光る道亡き人はもう蝙蝠傘を差すこともなし
マカリキテ アメヒカルミチ ナキヒトハ モウカウモリヲ サスコトモナシ

『短歌』(角川書店 1988.2) 第35巻2号 p.16


08381
連想の貧しき日にて目の前に撒き散らされし雀の十羽
レンソウノ マズシキヒニテ メノマエニ マキチラサレシ スズメノジッパ

『短歌』(角川書店 1988.2) 第35巻2号 p.16


08382
はるかなる岬の札所は思ふのみ雨にけむれる海を見てゐる
ハルカナル ミサキノフダショハ オモフノミ アメニケムレル ウミヲミテヰル

『短歌』(角川書店 1988.2) 第35巻2号 p.17


08383
石英のきはだちて光る角度あり岩の露頭をめぐりて行けば
セキエイノ キハダチテヒカル カクドアリ イワノロトウヲ メグリテユケバ

『短歌』(角川書店 1988.2) 第35巻2号 p.17


08384
浜茄子は乱れて茂り川幅のややせばまりて真水をとほす
ハマナスハ ミダレテシゲリ カワハバノ ヤヤセバマリテ マミズヲトホス

『短歌』(角川書店 1988.2) 第35巻2号 p.17


08385
いかほどの時間がたちて地中よりにじみ出でたり紅の茸は
イカホドノ ジカンガタチテ チチュウヨリ ニジミイデタリ ベニノキノコハ

『短歌』(角川書店 1988.2) 第35巻2号 p.17


08386
藻屑燃す煙の遠くなづさへば北京原人が焚きし火思ふ
モクズモス ケムリノトオク ナヅサヘバ シナントロプスガ タキシヒオモフ

『短歌』(角川書店 1988.2) 第35巻2号 p.18


08387
幅広き一枚となりて立ちあがる波見てあればとめどもあらず
ハバヒロキ イチマイトナリテ タチアガル ナミミテアレバ トメドモアラズ

『短歌』(角川書店 1988.2) 第35巻2号 p.18


08388
思はざる罠もあるべし青潮に乗りたるサーフ忽ち崩る
オモハザル ワナモアルベシ アオシオニ ノリタルサーフ タチマチクズル

『短歌』(角川書店 1988.2) 第35巻2号 p.18


08389
沖縄の何のゆかりに魔除獅子を屋根に置きゐるレストランあり
オキナワノ ナンノユカリニ シーサーヲ ヤネニオキヰル レストランアリ

『短歌』(角川書店 1988.2) 第35巻2号 p.18


08390
まざまざと或る日の午餐思ひたり洋芹の茎の辛きを嚙めば
マザマザト アルヒノゴサン オモヒタリ クレソンノクキノ カラキヲカメバ

『短歌』(角川書店 1988.2) 第35巻2号 p.19


08391
夜に入りて覆ひをすれば音の無き直方体となる鳥の籠
ヨニイリテ オオヒヲスレバ オトノナキ チョクホウタイト ナルトリノカゴ

『短歌』(角川書店 1988.2) 第35巻2号 p.19


08392
五衰とふ衰亡の相ありといふわれに咀嚼の力衰ふ
ゴスイトフ スイボウノソウ アリトイフ ワレニソシャクノ チカラオトロフ

『短歌』(角川書店 1988.2) 第35巻2号 p.19


08393
風の吹く日ものちの夜も身に残る糸ひとすぢの力にてよし
カゼノフク ヒモノチノヨモ ミニノコル イトヒトスヂノ チカラニテヨシ

『短歌』(角川書店 1988.2) 第35巻2号 p.19