声もあげずに


08422
セロファンの音がどうしても立つゆゑにそのままいだく薔薇の花束
セロファンノ オトガドウシテモ タツユヱニ ソノママイダク バラノハナタバ

『短歌』(角川書店 1991.2) 第38巻2号 p.18


08423
ときじくのまなかひに降る日照り雨光の粒を撒くごとく降る
トキジクノ マナカヒニフル ヒデリアメ ヒカリノツブヲ マクゴトクフル

『短歌』(角川書店 1991.2) 第38巻2号 p.18


08424
ディオールかミツコか知れず差しかけて呉れゐし傘をのがれ来つれば
ディオールカ ミツコカシレズ サシカケテ クレヰシカサヲ ノガレキツレバ

『短歌』(角川書店 1991.2) 第38巻2号 p.19


08425
丈高くポインセチアはありにしを声もあげずに枯れてしまひぬ
タケタカク ポインセチアハ アリニシヲ コエモアゲズニ カレテシマヒヌ

『短歌』(角川書店 1991.2) 第38巻2号 p.19


08426
右の手のぬくもる如し牛乳の昔の瓶を思ひてをれば
ミギノテノ ヌクモルゴトシ ギュウニュウノ ムカシノビンヲ オモヒテヲレバ

『短歌』(角川書店 1991.2) 第38巻2号 p.19


08427
かすかなる地震のありて起きゐるは隣の犬とわれのみになる
カスカナル ジシンノアリテ オキヰルハ トナリノイヌト ワレノミトナル

『短歌』(角川書店 1991.2) 第38巻2号 p.19


08428
紋章のいはれなどどうでも今はよく枯れ葉垂りゐる祖父の桐の木
モンショウノ イハレナドドウデモ イマハヨク カレハタリヰル ソフノキリノキ

『短歌』(角川書店 1991.2) 第38巻2号 p.20


08429
単純な形のわが家われを入れ埴輪の家のごとくしづもる
タンジュンナ カタチノワガヤ ワレヲイレ ハニワノイエノ ゴトクシヅモル

『短歌』(角川書店 1991.2) 第38巻2号 p.20


08430
痛きところの無き日は点字を打つといふ祈りにあらむ点字を打つは
イタキトコロノ ナキヒハテンジヲ ウツトイフ イノリニアラム テンジヲウツハ

『短歌』(角川書店 1991.2) 第38巻2号 p.20


08431
白き布をのべたるごとき蕎麦の花ふるふると動く近くに見れば
シロキフヲ ノベタルゴトキ ソバノハナ フルフルトウゴク チカクニミレバ

『短歌』(角川書店 1991.2) 第38巻2号 p.20


08432
どのやうななりゆきに大人七人の家族住みゐてひつそりとせり
ドノヤウナ ナリユキニオトナ シチニンノ カゾクスミヰテ ヒツソリトセリ

『短歌』(角川書店 1991.2) 第38巻2号 p.21


08433
山深く入れば呼びたくなるといふわれならばたれの名を呼ぶならむ
ヤマフカク イレバヨビタク ナルトイフ ワレナラバタレノ ナヲヨブナラム

『短歌』(角川書店 1991.2) 第38巻2号 p.21


08434
ねんごろの見舞ひなりしが去りぎはに人のいのちを測る目をせり
ネンゴロノ ミマヒナリシガ サリギハニ ヒトノイノチヲ ハカルメヲセリ

『短歌』(角川書店 1991.2) 第38巻2号 p.21


08435
シャガールのリトグラフには花が咲き馬がゐて鳥がゐて人もゐたりす
シャガールノ リトグラフニハ ハナガサキ ウマガヰテトリガヰテ ヒトモヰタリス

『短歌』(角川書店 1991.2) 第38巻2号 p.21