盲ひのゆゑに


08471
尾の太き石の狐を見て過ぎてきつかけを作り易きこころよ
オノフトキ イシノキツネヲ ミテスギテ キツカケヲツクリ ヤスキココロヨ

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.102


08472
人込みをかき分けてゐて突き出せるわれの左の肩を意識す
ヒトゴミヲ カキワケテヰテ ツキダセル ワレノヒダリノ カタヲイシキス

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.102


08473
店先のワゴンの上は脱ぎ捨ててのがれし人らの靴の如しも
ミセサキノ ワゴンノウエハ ヌギステテ ノガレシヒトラノ クツノゴトシモ

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.102


08474
もつと身を捩ぢて避け得しことありや日ぐれは殊に影深き街
モツトミヲ ヨヂテサケエシ コトアリヤ ヒグレハコトニ カゲフカキマチ

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.103


08475
樅の木を照らし出しては消して去るヘッドライトに時を刻まる
モミノキヲ テラシダシテハ ケシテサル ヘッドライトニ トキヲキザマル

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.103


08476
バスを待つもう一人来て街灯の光のなかに大き荷を置く
バスヲマツ モウヒトリキテ ガイトウノ ヒカリノナカニ オオキニヲオク

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.103


08477
崖下にかかりて音のかしましき電車にゐたり何か紛れて
ガケシタニ カカリテオトノ カシマシキ デンシャニヰタリ ナニカマギレテ

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.103


08478
妹の在りしころよりふくろふの鳴かなくなりて幾年過ぎむ
イモウトノ アリシコロヨリ フクロフノ ナカナクナリテ イクトシスギム

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.103


08479
散りがたのエリカの鉢を隣室へ移ししのみによく眠りたり
チリガタノ エリカノハチヲ リンシツヘ ウツシシノミニ ヨクネムリタリ

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.103


08480
縫ひものをなすほかあらぬ一日と決むれば優し精出でてをり
ヌヒモノヲ ナスホカアラヌ イチニチト キムレバヤサシ セイイデテヲリ

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.103


08481
彷徨ひて盲ひのゆゑにときのまの世に会ひ得たる二人なりしか
ハイカヒテ メシヒノユヱニ トキノマノ ヨニアヒエタル フタリナリシカ

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.103


08482
若き日のわれの不孝を知りゐたる最後の一人妹も亡し
ワカキヒノ ワレノフコウヲ シリヰタル サイゴノヒトリ イモウトモナシ

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.103


08483
かの里のならはしとしてはだしにて墓より帰りき世継ぎのわれは
カノサトノ ナラハシトシテ ハダシニテ ハカヨリカエリキ ヨツギノワレハ

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.104


08484
留守の間になりと来たりて漕ぎゆけよ在りし日のままに揺り椅子を置く
ルスノマニ ナリトキタリテ コギユケヨ アリシヒノママニ ユリイスヲオク

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.104


08485
庭深く焼却炉据ゑてゐる家の木下闇のみ日々見て通る
ニワフカク ショウキャクロスヱテ ヰルイエノ コシタヤミノミ ヒビミテトオル

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.104


08486
きれぎれの記憶のごとく少年の声に九官鳥は物言ふ
キレギレノ キオクノゴトク ショウネンノ コエニキュウカン チョウハモノイフ

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.104


08487
棘を持つ葉がいきり立ち肉眼に何も見えない絵の前にゐつ
トゲヲモツ ハガイキリタチ ニクガンニ ナニモミエナイ エノマエニヰツ

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.104


08488
小さくて虫の顔なすわが顔を見いだす記念写真のなかに
チイサクテ ムシノカオナス ワガカオヲ ミイダスキネン シャシンノナカニ

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.104


08489
借り得たる男物の傘に全身を匿す魔力を持たせて帰る
カリエタル オトコモノノカサニ ゼンシンヲ カクスマリョクヲ モタセテカエル

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.104


08490
仏像を仰ぎてをれば欲望の数だけの手を持つかと思ふ
ブツゾウヲ アオギテヲレバ ヨクボウノ カズダケノテヲ モツカトオモフ

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.104


08491
帆ばかりの見ゆるヨットとなりながら降るやうにをりをり掛け声届く
ホバカリノ ミユルヨットト ナリナガラ フルヤウニヲリヲリ カケゴエトドク

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.104


08492
胴体をタオルに抑へ栓を抜くかかるときめきを久しく忘る
ドウタイヲ タオルニオサヘ センヲヌク カカルトキメキヲ ヒサシクワスル

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.105


08493
謎一つ掛けたるに似むわが歌の誤植を見てもあわてずなりぬ
ナゾヒトツ カケタルニニム ワガウタノ ゴショクヲミテモ アワテズナリヌ

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.105


08494
われの持つ順応性にすぎざらむ人を励ますことも言ひつつ
ワレノモツ ジュンノウセイニ スギザラム ヒトヲハゲマス コトモイヒツツ

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.105


08495
夕刊に知るころ夜はくだちゐて茅の輪くぐりに今年も行かず
ユウカンニ シルコロヨルハ クダチヰテ チノワクグリニ コトシモユカズ

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.105


08496
大きさの異なる石を置くやうに月の仕事の予定入れゆく
オオキサノ コトナルイシヲ オクヤウニ ツキノシゴトノ ヨテイイレユク

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.105


08497
もの縫ひて一日ありしが何者に踏み込まれたる部屋かと思ふ
モノヌヒテ ヒトヒアリシガ ナニモノニ フミコマレタル ヘヤカトオモフ

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.105


08498
人は人と突き放すまでにいくばくの時間ありしや雨降りてゐる
ヒトハヒトト ツキハナスマデニ イクバクノ ジカンアリシヤ アメフリテヰル

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.105


08499
四つ割りにしたるレモンの切り口のみづみづと黄の半月をなす
ヨツワリニ シタルレモンノ キリクチノ ミヅミヅトキノ ハンゲツヲナス

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.105


08500
吊り革の高さにかなふ身丈持ちかくすこやかにわが両手あり
ツリカワノ タカサニカナフ ミタケモチ カクスコヤカニ ワガリョウテアリ

『短歌現代』(短歌新聞社 1977.1) 第1巻4号 p.105