かなかなは今


08511
たどきなく雨の晴れまを出でて来て雌雄あるとふ銀杏を仰ぐ
タドキナク アメノハレマヲ イデテキテ シユウアルトフ イチョウヲアオグ

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.12


08512
噴水を身すがら浴びて立つ裸婦の像見てあればまだらに乾く
フンスイヲ ミスガラアビテ タツラフノ ゾウミテアレバ マダラニカワク

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.12


08513
位置を替へ鳴きなほしつつ滅びゆくかなかなは今欅の梢
イチヲカヘ ナキナホシツツ ホロビユク カナカナハイマ ケヤキノコズエ

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.12


08514
どのやうなわれと思ひて幼な子は小鳥の墓の前へいざなふ
ドノヤウナ ワレトオモヒテ オサナゴハ コトリノハカノ マエヘイザナフ

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.12


08515
さまざまの表皮撫で来ていつとなく摩滅はげしきてのひらならむ
サマザマノ ヒョウヒナデキテ イツトナク マメツハゲシキ テノヒラナラム

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.13


08516
覆ひがたき夏の荒びと思ふまで花々はみな葉を垂れて立つ
オオヒガタキ ナツノアレビト オモフマデ ハナバナハミナ ハヲタレテタツ

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.13


08517
憎むべきものあるごとし梔子の若葉むしばむ青虫よりも
ニクムベキ モノアルゴトシ クチナシノ ワカバムシバム アオムシヨリモ

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.13


08518
芝生より舞ひ出でし蛾はひとひらの落ち葉となりて吹かれてゆけり
シバフヨリ マヒイデシガハ ヒトヒラノ オチバトナリテ フカレテユケリ

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.13


08519
ドラマとて模倣世界にすぎざらむ男の抱けるみどり児が泣く
ドラマトテ モホウセカイニ スギザラム オトコノダケル ミドリゴガナク

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.13


08520
突き落とす衝動に人も堪へゐしか怒濤見下ろしゐしかのときに
ツキオトス ショウドウニヒトモ タヘヰシカ ドトウミオロシ ヰシカノトキニ

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.13


08521
箱舟に乗り得ざりしはかく集ひさしさはりなきことを言ひあふ
ハコブネニ ノリエザリシハ カクツドヒ サシサハリナキ コトヲイヒアフ

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.13


08522
幾たびも電話に呼ばれつゆの世のわれと忘れてはなやぐ日あり
イクタビモ デンワニヨバレ ツユノヨノ ワレトワスレテ ハナヤグヒアリ

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.14


08523
鍵を見に戻らむとするうす暗がり橋掛来る鬼に会はずや
カギヲミニ モドラムトスル ウスクラガリ ハシガカリクル オニニアハズヤ

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.14


08524
なまじろき鱗をかさねゐたるのみ闇のなかなるあぢさゐの花
ナマジロキ ウロコヲカサネ ヰタルノミ ヤミノナカナル アヂサヰノハナ

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.14


08525
帰り来てはづす指輪のころがればころがる向きを占はむとす
カエリキテ ハヅスユビワノ コロガレバ コロガルムキヲ ウラナハムトス

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.14


08526
妹の逝きて八年坐らなくなりたる雛は立てかけて置く
イモウトノ ユキテハチネン スワラナク ナリタルヒナハ タテカケテオク

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.14


08527
迎へ火の炎のほかは見えずなりくぐまりゐたり夜の道の上
ムカヘビノ ホノオノホカハ ミエズナリ クグマリヰタリ ヨノミチノウエ

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.14


08528
不用意に言ひたるならむ本音ならむのがれ得ぬまま一日をゐしか
フヨウイニ イヒタルナラム ホンネナラム ノガレエヌママ ヒトヒヲヰシカ

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.14


08529
待ち針を刺し替へをれば指先にかすかに影のゆき戻りする
マチバリヲ サシカヘヲレバ ユビサキニ カスカニカゲノ ユキモドリスル

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.15


08530
女名の表札を掲げおくことのふとなまなまし二十年経て
ヲンナナノ ヒョウサツヲカカゲ オクコトノ フトナマナマシ ニジュウネンヘテ

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.15


08531
一つづつ小石を置きて置きながら離りゆきたる人かと思ふ
ヒトツヅツ コイシヲオキテ オキナガラ サガリユキタル ヒトカトオモフ

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.15


08532
噴水のほとりは人の影あらず土にかすかにカルキの匂ふ
フンスイノ ホトリハヒトノ カゲアラズ ツチニカスカニ カルキノニオフ

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.15


08533
玉すだれ咲くを言ひつつ見送りしうしろ姿の老いていませり
タマスダレ サクヲイヒツツ ミオクリシ ウシロスガタノ オイテイマセリ

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.15


08534
帰り来むたれかゐさうなこの夕べわれにひとすぢ修羅走りたり
カエリコム タレカヰサウナ コノユウベ ワレニヒトスヂ シュラハシリタリ

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.15


08535
あけぐれに醒めゐて思ふ水源は人の住まはぬさびしきところ
アケグレニ サメヰテオモフ スイゲンハ ヒトノスマハヌ サビシキトコロ

『短歌現代』(短歌新聞社 1980.9) 第4巻9号 p.15