巻き貝


08589
夕映えの白く残れる橋の上ブルドーザーが渡りてゆけり
ユウバエノ シロクノコレル ハシノウエ ブルドーザーガ ワタリテユケリ

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.12


08590
村の名と今ごろ知りて何にならむ青くともれり駅の時計は
ムラノナト イマゴロシリテ ナニニナラム アオクトモレリ エキノトケイハ

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.12


08591
街灯のとぎれし闇に踏み入れて砂利の見えくるまでに間のあり
ガイトウノ トギレシヤミニ フミイレテ ジャリノミエクル マデニマノアリ

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.12


08592
くらがりに馴れて歩めば近づきてコンクリートの電柱が立つ
クラガリニ ナレテアユメバ チカヅキテ コンクリートノ デンチュウガタツ

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.12


08593
夜の更けて釘打つ音はどの家かわれもしきりに何か打ちたし
ヨノフケテ クギウツオトハ ドノイエカ ワレモシキリニ ナニカウチタシ

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.13


08594
留守の日は仏の棲家となる家ぞ使はぬ部屋にも菊を活けおく
ルスノヒハ ホトケノスミカト ナルイエゾ ツカハヌヘヤニモ キクヲイケオク

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.13


08595
奈良の秋更科の秋としのびつつ病めば何をかつぐなふ如し
ナラノアキ サラシナノアキト シノビツツ ヤメバナニヲカ ツグナフゴトシ

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.13


08596
近々と鳥威しの音聞こえをり本を探して二階にあれば
チカヂカト トリオドシノオト キコエヲリ ホンヲサガシテ ニカイニアレバ

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.13


08597
五分後に炊飯器の蒸気を抜く習ひ翅音は石蕗の花にあつまる
ゴフンゴニ ジャーノジョウキヲ ヌクナラヒ ハオトハツハノ ハナニアツマル

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.13


08598
サンダルは昨日の雨に湿りゐて体温を持つといふさびしさよ
サンダルハ キノウノアメニ シメリヰテ タイオンヲモツト イフサビサシヨ

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.13


08599
目の前に何かよからぬ細胞のかたまりの如し黄の鶏頭は
メノマエニ ナニカヨカラヌ サイボウノ カタマリノゴトシ キノケイトウハ

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.13


08600
寝入りたるみどり児をとつぷり埋めたる乳母車押して帰りゆきたり
ネイリタル ミドリゴヲトツプリ ウズメタル ウバグルマオシテ カエリユキタリ

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.14


08601
病みあとのしづけさにゐてまた思ふ好事も無きにしかずと言へり
ヤミアトノ シヅケサニヰテ マタオモフ コウジモナキニ シカズトイヘリ

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.14


08602
信号のみな赤となる町の角瀬戸ものの店はいつしかあらず
シンゴウノ ミナアカトナル マチノカド セトモノノミセハ イツシカアラズ

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.14


08603
遠くゆく旅にかあらむ母と子のとなりあひゐてあやとりをなす
トオクユク タビニカアラム ハハトコノ トナリアヒヰテ アヤトリヲナス

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.14


08604
干し草の匂ひ嗅ぎつつ乗り換へて一両となるローカル線は
ホシグサノ ニオヒカギツツ ノリカヘテ イチリョウトナル ローカルセンハ

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.14


08605
芝焼くを立ちて見をれば火の範囲ふちどりながらひろがりてゆく
シバヤクヲ タチテミヲレバ ヒノハンイ フチドリナガラ ヒロガリテユク

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.14


08606
光れるはパラボラアンテナと気づくまで真横より見て枯れ野を行けり
ヒカレルハ パラボラアンテナト キヅクマデ マヨコヨリミテ カレノヲユケリ

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.14


08607
前の世をふと思はせて城門の鋲の羅列に冬日あたれる
サキノヨヲ フトオモハセテ ジョウモンノ ビョウノラレツニ フユヒアタレル

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.15


08608
信ずるはなににてもよく足型の大き一つを石に刻めり
シンズルハ ナニニテモヨク アシガタノ オオキヒトツヲ イシニキザメリ

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.15


08609
羽根の紋あざやかに見えゐたりしが飛び立ちゆけり黄の蝶として
ハネノモン アザヤカニミエ ヰタリシガ トビタチユケリ キノチョウトシテ

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.15


08610
木下闇をくぐり抜け来し顔一つひきしめてまた歩まむとする
コシタヤミヲ クグリヌケコシ カオヒトツ ヒキシメテマタ アユマムトスル

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.15


08611
消しゴムが目の前にあり火祭りを見て来てつねのわれに戻れば
ケシゴムガ メノマエニアリ ヒマツリヲ ミテキテツネノ ワレニモドレバ

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.15


08612
月出でていよいよ暗きわが庭に八つ手の花の光りはじめぬ
ツキイデテ イヨイヨクラキ ワガニワニ ヤツデノハナノ ヒカリハジメヌ

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.15


08613
ころがりて離れてしまひし巻き貝の二粒をそのまま卓上に置く
コロガリテ ハナレテシマヒシ マキガイノ フタツブヲソノママ タクジョウニオク

『短歌現代』(短歌新聞社 1985.1) 第9巻1号 p.15