相似形


08614
ライターを使ふに慣れて夜の部屋に燐の匂ひの立つこともなし
ライターヲ ツカフニナレテ ヨノヘヤニ リンノニオヒノ タツコトモナシ

『短歌現代』(短歌新聞社 1986.3) 第10巻3号 p.30


08615
カーテンの向うは少し明るきかコピイとりつつ笑ふこゑする
カーテンノ ムコウハスコシ アカルキカ コピイトリツツ ワラフコヱスル

『短歌現代』(短歌新聞社 1986.3) 第10巻3号 p.30


08616
相似形を宙に泳がせみどり児のうすももいろのあなうら二つ
ソウジケイヲ チュウニオヨガセ ミドリゴノ ウスモモイロノ アナウラフタツ

『短歌現代』(短歌新聞社 1986.3) 第10巻3号 p.30


08617
濁音をあやまつものの言ひ方の気になりてゐて多くを聞かず
ダクオンヲ アヤマツモノノ イヒカタノ キニナリテヰテ オオクヲキカズ

『短歌現代』(短歌新聞社 1986.3) 第10巻3号 p.30


08618
発端はいかにありけむ中途よりまざまざと来る人の記憶は
ホッタンハ イカニアリケム チュウトヨリ マザマザトクル ヒトノキオクハ

『短歌現代』(短歌新聞社 1986.3) 第10巻3号 p.30


08619
口辺をわななかせゐる大写し俳優なればかくはあざむく
コウヘンヲ ワナナカセヰル オオウツシ ハイユウナレバ カクハアザムク

『短歌現代』(短歌新聞社 1986.3) 第10巻3号 p.30


08620
卓上の三個のグラス終りまでそのままなりしオレンジジュース
タクジョウノ サンコノグラス オワリマデ ソノママナリシ オレンジジュース

『短歌現代』(短歌新聞社 1986.3) 第10巻3号 p.30


08621
序列といふものあることの静けさに戻さむと皿を重ねてゆけり
ジョレツトイフ モノアルコトノ シズケサニ モドサムトサラヲ カサネテユケリ

『短歌現代』(短歌新聞社 1986.3) 第10巻3号 p.30


08622
名刺持たぬ生活に入れるをあらためて思ひ知らさるひとよりもらひて
メイシモタヌ セイカツニハイレルヲ アラタメテ オモヒシラサル ヒトヨリモラヒテ

『短歌現代』(短歌新聞社 1986.3) 第10巻3号 p.31


08623
勤めゐしころ買ひてそのまま積みおきし本が出づ「こころの整理」といふ
ツトメヰシコロ カヒテソノママ ツミオキシ ホンガイヅ「ココロ ノセイリ」トイフ

『短歌現代』(短歌新聞社 1986.3) 第10巻3号 p.31


08624
まだ用の済まぬ銀行に軋む音おこりて鉄扉がおりはじめたり
マダヨウノ スマヌギンコウニ キシムオト オコリテシャッターガ オリハジメタリ

『短歌現代』(短歌新聞社 1986.3) 第10巻3号 p.31


08625
客の残してゆきし吸ひさしをパイプにて吸ひなどしつつわれの禁煙
キャクノノコシテ ユキシスヒサシヲ パイプニテ スヒナドシツツ ワレノキンエン

『短歌現代』(短歌新聞社 1986.3) 第10巻3号 p.31


08626
ほとばしる水道の水が棒状につつぱりて蛇口をおし上げてゐる
ホトバシル スイドウノミズガ ボウジョウニ ツツパリテジャグチヲ オシアゲテヰル

『短歌現代』(短歌新聞社 1986.3) 第10巻3号 p.31


08627
臥所よりつね仰ぐ版画の白き部屋雪渓が人間の顔に見えてきぬ
フシドヨリ ツネアオグハンガノ シロキヘヤ セッケイガニンゲンノ カオニミエテキヌ

『短歌現代』(短歌新聞社 1986.3) 第10巻3号 p.31


08628
土屋文明氏より一歳年上の母なりしに気づけり母逝きて七年ののち
ツチヤブンメイ シヨリイッサイトシウエノ ハハナリシニ キヅケリハハユキテ シチネンノノチ

『短歌現代』(短歌新聞社 1986.3) 第10巻3号 p.31


08629
枯葉にはあらず蓑虫みのむしと見ればおどろくほどさがりたり
カレハニハ アラズミノムシ ミノムシト ミレバオドロク ホドサガリタリ

『短歌現代』(短歌新聞社 1986.3) 第10巻3号 p.31