衛星都市


08637
はだしにて追ふこともわれはせざりしとドラマの沙漠見をれば思ふ
ハダシニテ オフコトモワレハ セザリシト ドラマノサバク ミヲレバオモフ

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.12


08638
お百度を踏みて回るといふ石の大きくて定かな形をなさず
オヒャクドヲ フミテマワルト イフイシノ オオキクテサダカナ カタチヲナサズ

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.12


08639
巻きものを巻き終はりたる指先に視線あつめて尼僧はをりぬ
マキモノヲ マキオハリタル ユビサキニ シセンアツメテ ニソウハヲリヌ

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.12


08640
くらがりに拡大されて一本の糸ももつれず烏瓜咲く
クラガリニ カクダイサレテ イッポンノ イトモモツレズ カラスウリサク

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.12


08641
結論的に思ひたることわれひとり動かずにさへをれば見られず
ケツロンテキニ オモヒタルコト ワレヒトリ ウゴカズニサヘ ヲレバミラレズ

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.13


08642
握りゐる木の実の一個あたためてどんぐりをわれは何に孵さむ
ニギリヰル キノミノイッコ アタタメテ ドングリヲワレハ ナニニカヘサム

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.13


08643
ゆるやかに坂になりゐるバス通りバスをよけむと身をよぢりたり
ユルヤカニ サカニナリヰル バスドオリ バスヲヨケムト ミヲヨヂリタリ

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.13


08644
駅のあたり目に見えて高層となるばかり衛星都市といはるる町は
エキノアタリ メニミエテコウソウト ナルバカリ エイセイトシト イハルルマチハ

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.13


08645
目じるしの橋はプレートのみとなり列なして車が流れてゐたり
メジルシノ ハシハプレート ノミトナリ レツナシテクルマガ ナガレテヰタリ

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.13


08646
並びたるダンプカーの若き横顔はそのまま青の信号となる
ナラビタル ダンプカーノワカキ ヨコガオハ ソノママアオノ シンゴウトナル

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.13


08647
近づけば眼鏡光りてからしいろの秋のスーツがよく似合ひたり
チカヅケバ メガネヒカリテ カラシイロノ アキノスーツガ ヨクニアヒタリ

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.13


08648
てのひらに何の疲れか残りをり軍服のいろの夢より覚めて
テノヒラニ ナンノツカレカ ノコリヲリ グンプクノイロノ ユメヨリサメテ

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.14


08649
スカートのひだをたたみて寝押しすと余念なかりし夜毎の少女
スカートノ ヒダヲタタミテ ネオシスト ヨネンナカリシ ヨゴトノショウジョ

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.14


08650
人間をやめたいと言ひてきかざるをもて余しつつ一夜ありにき
ニンゲンヲ ヤメタイトイヒテ キカザルヲ モテアマシツツ ヒトヨアリニキ

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.14


08651
ミッションの女学校が遠く見えゐしが霧深からむ盆地の町は
ミッションノ ジョガッコウガトオク ミエヰシガ キリフカカラム ボンチノマチハ

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.14


08652
徴発に馬もとられてふるさとに闇深かりし曲がり家思ふ
チョウハツニ ウマモトラレテ フルサトニ ヤミフカカリシ マガリヤオモフ

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.14


08653
夜半に発ちて帰らぬ友軍ありしとぞ終戦近き半島にして
ヨワニタチテ カエラヌユウグン アリシトゾ シュウセンチカキ ハントウニシテ

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.14


08654
婉曲に言ひたりしかば伝はらず伝はらざりしことに安らふ
エンキョクニ イヒタリシカバ ツタハラズ ツタハラザリシ コトニヤスラフ

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.14


08655
二人だけの言葉をピアノと交はすやうに調律師はをり二時間ほどを
フタリダケノ コトバヲピアノト カハスヤウニ チョウリツシハヲリ ニジカンホドヲ

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.15


08656
乳母車にみどりごは居ずみどりごを抜きたる跡のふつくら窪む
ウバグルマニ ミドリゴハイズ ミドリゴヲ ヌキタルアトノ フツクラクボム

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.15


08657
底深く蛇行してゐる川と会ふつね水ばかり見つつ渡るに
ソコフカク ダコウシテヰル カワトアフ ツネミズバカリ ミツツワタルニ

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.15


08658
幼子の睦めるさまに追ふごとく追はるるごとく家鴨の四、五羽
オサナゴノ ムツメルサマニ オフゴトク オハルルゴトク アヒルノシ、ゴワ

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.15


08659
共に行きて袖をよごしし山百合の花粉の痕は今に残れる
トモニユキテ ソデヲヨゴシシ ヤマユリノ カフンノアトハ イマニノコレル

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.15


08660
養蜂の旅をいつよりやめにけむ幼子を曳きてスーパーにゐる
ヨウホウノ タビヲイツヨリ ヤメニケム オサナゴヲヒキテ スーパーニヰル

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.15


08661
過ぎにしやこののちなりや断崖に立つ日のありといふ占ひは
スギニシヤ コノノチナリヤ ダンガイニ タツヒノアリト イフウラナヒハ

『短歌現代』(短歌新聞社 1991.1) 第15巻1号 p.15