絵巻の雲


08662
うす紙をはさみて椀を積みをれば禁忌事項の数あるごとし
ウスガミヲ ハサミテワンヲ ツミヲレバ キンキジコウノ カズアルゴトシ

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.12


08663
まじなひをしてより下駄をおろす習ひふるさとの村に今も残るや
マジナヒヲ シテヨリゲタヲ オロスナラヒ フルサトノムラニ イマモノコルヤ

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.12


08664
つばくろの低く飛ぶ日は雨と言ひ母もさびしく留守を守りけむ
ツバクロノ ヒククトブヒハ アメトイヒ ハハモサビシク ルスヲモリケム

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.12


08665
角砂糖を詰めむとするにかどばりて空間寒しガラスの壺は
カクザトウヲ ツメムトスルニ カドバリテ クウカンサムシ ガラスノツボハ

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.12


08666
竹籠の網のまばらをはみ出でて生椎茸はきのこの匂ひ
タケカゴノ アミノマバラヲ ハミイデテ ナマシイタケハ キノコノニオヒ

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.13


08667
オルゴールを閉づれば戻るしじまありよはひは既に乱を好まず
オルゴールヲ トヅレバモドル シジマアリ ヨハヒハスデニ ランヲコノマズ

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.13


08668
をりをりに行くわが意識冷蔵庫に大きザボンを一つ持てれば
ヲリヲリニ ユクワガイシキ レイゾウコニ オオキザボンヲ ヒトツモテレバ

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.13


08669
ひとりゐはめぐり冷えゐる日の多し絵巻の雲の不意にひろがる
ヒトリヰハ メグリヒエヰル ヒノオオシ エマキノクモノ フイニヒロガル

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.13


08670
紋織りの薔薇の模様はかすかなる翳なして白のテーブルクロス
モンオリノ バラノモヨウハ カスカナル カゲナシテシロノ テーブルクロス

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.13


08671
今もなほ俗名に呼びて語り合ふ逝きて六年たちたる人を
イマモナホ ゾクミョウニヨビテ カタリアフ ユキテロクネン タチタルヒトヲ

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.13


08672
値の高き古書の噂をして行けり人それぞれのよろこびを持つ
ネノタカキ コショノウワサヲ シテユケリ ヒトソレゾレノ ヨロコビヲモツ

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.13


08673
ずたずたになる思ひせり天幕の切れめに風のふためく見れば
ズタズタニ ナルオモヒセリ テンマクノ キレメニカゼノ フタメクミレバ

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.14


08674
吹きしまく砂塵にまなこ閉ぢをればめくれてしまふ野原一枚
フキシマク サジンニマナコ トヂヲレバ メクレテシマフ ノハライチマイ

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.14


08675
どのやうに立つ牛ならむ立つことを忘れしごとくにれかみやまず
ドノヤウニ タツウシナラム タツコトヲ ワスレシゴトク ニレカミヤマズ

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.14


08676
手すさびに拾ひたれども石は石の重さに土の匂ひをまとふ
テスサビニ ヒロヒタレドモ イシハイシノ オモサニツチノ ニオヒヲマトフ

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.14


08677
行きどまりの垣にからみて鉄線の大き紫かがよひゐたり
ユキドマリノ カキニカラミテ テッセンノ オオキムラサキ カガヨヒヰタリ

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.14


08678
硝煙の臭ひといふを手花火に嗅ぎつつ子らは怖れを知らず
ショウエンノ ニオヒトイフヲ テハナビニ カギツツコラハ オソレヲシラズ

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.14


08679
むじな偏の貌といふ字を書きをれば人間といふ不可解のもの
ムジナヘンノ カオトイフジヲ カキヲレバ ニンゲントイフ フカカイノモノ

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.14


08680
大いなるスパナの形と気づきたり何を恐れて見し夢ならむ
オオイナル スパナノカタチト キヅキタリ ナニヲオソレテ ミシユメナラム

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.15


08681
透かし見て手漉きの紙を買ひたればまだらを胸にいだく心地す
スカシミテ テスキノカミヲ カヒタレバ マダラヲムネニ イダクココチス

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.15


08682
山ありて谷ありて人は生くるとふいま目の前は桜のふぶき
ヤマアリテ タニアリテヒトハ イクルトフ イマメノマエハ サクラノフブキ

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.15


08683
幾たびもかけかへられし大橋に人柱とふ言葉も古りぬ
イクタビモ カケカヘラレシ オオハシニ ヒトバシラトフ コトバモフリヌ

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.15


08684
バスを待つ列に喪服の人のをり糸引きて雨は菜の花に降る
バスヲマツ レツニモフクノ ヒトノヲリ イトヒキテアメハ ナノハナニフル

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.15


08685
落とし来しライター思へば窓口に孔雀羊歯の鉢も目によみがへる
オトシコシ ライターオモヘバ マドグチニ クジャクシダノハチモ メニヨミガヘル

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.15


08686
バス停の標識が白く点るころラマ僧二人いづこへ帰る
バステイノ ヒョウシキガシロク トモルコロ ラマソウフタリ イヅコヘカエル

『短歌現代』(短歌新聞社 1987.8) 第11巻8号 p.15