ひとりぐらゐは


08754
夫とわれと共に働く生活の七年にして或る日終はりき
ツマトワレト トモニハタラク セイカツノ シチネンニシテ アルヒオハリキ

『短歌往来』(ながらみ書房 1991.1) 第3巻1号 p.8


08755
けものみちをあらはに見せて風が吹くただ熊笹の音のみのして
ケモノミチヲ アラハニミセテ カゼガフク タダクマザサノ オトノミノシテ

『短歌往来』(ながらみ書房 1991.1) 第3巻1号 p.8


08756
出土せる黄金の鐙ありと言ひ旅びとは今日も駅に溢るる
シュツドセル オウゴンノアブミ アリトイヒ タビビトハキョウモ エキニアフルル

『短歌往来』(ながらみ書房 1991.1) 第3巻1号 p.8


08757
すれすれに地上を飛べる子雀も次第に角度をあげてゆくらむ
スレスレニ チジョウヲトベル コスズメモ シダイニカクドヲ アゲテユクラム

『短歌往来』(ながらみ書房 1991.1) 第3巻1号 p.8


08758
風立てば幹ながら木を傾けて振り落とす如き楓もみぢ葉
カゼタテバ ミキナガラキヲ カタムケテ フリオトスゴトキ カエデモミヂハ

『短歌往来』(ながらみ書房 1991.1) 第3巻1号 p.8


08759
園児らの三分の一ほど残されて踏切の手前しばし賑はふ
エンジラノ サンブンノイチホド ノコサレテ フミキリノテマエ シバシニギハフ

『短歌往来』(ながらみ書房 1991.1) 第3巻1号 p.9


08760
料亭の建仁寺垣に沿ひて来て曇り日が似合ふ町と思ひぬ
リョウテイノ ケンニンジガキニ ソヒテキテ クモリビガニアフ マチトオモヒヌ

『短歌往来』(ながらみ書房 1991.1) 第3巻1号 p.9


08761
家並みを貫きて通るハイウェイの高さに桐は実を掲げゐつ
イエナミヲ ツラヌキテトオル ハイウェイノ タカサニキリハ ミヲカカゲヰツ

『短歌往来』(ながらみ書房 1991.1) 第3巻1号 p.9


08762
停留所は落ち葉日溜まり癒えてまた立つ日のありと思はざりけり
テイリュウジョハ オチバヒダマリ イエテマタ タツヒノアリト オモハザリケリ

『短歌往来』(ながらみ書房 1991.1) 第3巻1号 p.9


08763
机より咄嗟に立ちて来し厨白粥の湯気に眼鏡くもらす
ツクエヨリ トッサニタチテ コシクリヤ シラカユノユゲニ メガネクモラス

『短歌往来』(ながらみ書房 1991.1) 第3巻1号 p.9


08764
何ほどの予知能力を持つ鳥か病みゐて鴉を怖れし日あり
ナニホドノ ヨチノウリョクヲ モツトリカ ヤミヰテカラスヲ オソレシヒアリ

『短歌往来』(ながらみ書房 1991.1) 第3巻1号 p.9


08765
駅前の大小のビルが浮かびたり「街」といふ字を見詰めてあれば
エキマエノ ダイショウノビルガ ウカビタリ 「マチ」トイフジヲ ミツメテアレバ

『短歌往来』(ながらみ書房 1991.1) 第3巻1号 p.9


08766
多分夢と思ひつつなほ走りたり逃げても逃げてもつかまりさうで
タブンユメト オモヒツツナホ ハシリタリ ニゲテモニゲテモ ツカマリサウデ

『短歌往来』(ながらみ書房 1991.1) 第3巻1号 p.9


08767
歌に知る消息にして仙台のアカンサスは今年咲かざりしとぞ
ウタニシル ショウソクニシテ センダイノ アカンサスハコトシ サカザリシトゾ

『短歌往来』(ながらみ書房 1991.1) 第3巻1号 p.10


08768
冬服のベストを着たる少女たちセーラー服は少なくなりぬ
フユフクノ ベストヲキタル ショウジョタチ セーラーフクハ スクナクナリヌ

『短歌往来』(ながらみ書房 1991.1) 第3巻1号 p.10


08769
港まちの教師をしをれば鯨長者の娘もゐたりきわが教室に
ミナトマチノ キョウシヲシヲレバ クジラチョウジャノ ムスメモヰタリキ ワガキョウシツニ

『短歌往来』(ながらみ書房 1991.1) 第3巻1号 p.10


08770
使ひふるせしものばかりなる身のほとりメジャーはすぐによぢれてしまふ
ツカヒフルセシ モノバカリナル ミノホトリ メジャーハスグニ ヨヂレテシマフ

『短歌往来』(ながらみ書房 1991.1) 第3巻1号 p.10


08771
北を指し飛ぶ一番機敵機かと目ざめて今も思ふことあり
キタヲサシ トブイチバンキ テキキカト メザメテイマモ オモフコトアリ

『短歌往来』(ながらみ書房 1991.1) 第3巻1号 p.10


08772
クリークに落ちてかへらぬ兵ありき同級の一人なれば忘れず
クリークニ オチテカヘラヌ ヘイアリキ ドウキュウノヒトリ ナレバワスレズ

『短歌往来』(ながらみ書房 1991.1) 第3巻1号 p.10


08773
根の国にみんな盗られてこの年もただ雪を待つのみとなりたり
ネノクニニ ミンナトラレテ コノトシモ タダユキヲマツ ノミトナリタリ

『短歌往来』(ながらみ書房 1991.1) 第3巻1号 p.10


08774
階段まで灯をともし待ちをればひとりぐらゐは戻りて来ずや
カイダンマデ アカリヲトモシ マチヲレバ ヒトリグラヰハ モドリテコズヤ

『短歌往来』(ながらみ書房 1991.1) 第3巻1号 p.10