花殻


08775
陥穽の避けがたき夜ぞいづくにか光りつつ風見の矢は廻りゐて
カンセイノ サケガタキヨゾ イヅクニカ ヒカリツツカザミノ ヤハマワリヰテ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1958.6.10) 通巻56号 p.3


08776
離ればなれの心となりて歩みゐつ坂のぼりつめてともる駅見ゆ
ハナレバナレノ ココロトナリテ アユミヰツ サカノボリツメテ トモルエキミユ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1958.6.10) 通巻56号 p.3


08777
さとられずにすましたき齟齬思ひゐて柿の花がら踏みつつ帰る
サトラレズニ スマシタキソゴ オモヒヰテ カキノハナガラ フミツツカエル

『短歌新聞』(短歌新聞社 1958.6.10) 通巻56号 p.3


08778
ユトリロの街歩み来し如くして霧にしめれるシヨールを畳む
ユトリロノ マチアユミコシ ゴトクシテ キリニシメレル シヨールヲタタム

『短歌新聞』(短歌新聞社 1958.6.10) 通巻56号 p.3


08779
その場限りの言葉と知りつつ囚はるる疎かにわが応へしことも
ソノバカギリノ コトバトシリツツ トラハルル オロソカニワガ コタヘシコトモ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1958.6.10) 通巻56号 p.3


08780
バルカロールにめざめむ朝を持つ如く岬の見ゆる椅子に睡りつ
バルカロールニ メザメムアサヲ マツゴトク ミサキノミユル イスニネムリツ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1958.6.10) 通巻56号 p.3


08781
はばたきており来しは壁のモザイクの鳩なりしかば愕きて醒む
ハバタキテ オリコシハカベノ モザイクノ ハトナリシカバ オドロキテサム

『短歌新聞』(短歌新聞社 1958.6.10) 通巻56号 p.3


08782
たまひたる遺品の壷の白磁冴え花なきときに満ちてしづけし
タマヒタル イヒンノツボノ ハクジサエ ハナナキトキニ ミチテシヅケシ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1958.6.10) 通巻56号 p.3


08783
よりどなき午後となりつつかたはらの棚は帳簿の重みに撓ふ
ヨリドナキ ゴゴトナリツツ カタハラノ タナノチョウボノ オモミニタワフ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1958.6.10) 通巻56号 p.3


08784
雨降ればあぶるる彼の来る待ちて力仕事をわれら溜めおく
アメフレバ アブルルカレノ クルマチテ チカラシゴトヲ ワレラタメオク

『短歌新聞』(短歌新聞社 1958.6.10) 通巻56号 p.3


08785
報復のねがひもうすれゆく日々よ書庫閉ぢて石の廊下を渡る
ホウフクノ ネガヒモウスレ ユクヒビヨ ショコトヂテイシノ ロウカヲワタル

『短歌新聞』(短歌新聞社 1958.6.10) 通巻56号 p.3


08786
雨あとの靄晴れゆけば対岸に廃墟のごとき街うかび出づ
アメアトノ モヤハレユケバ タイガンニ ハイキョノゴトキ マチウカビイヅ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1958.6.10) 通巻56号 p.3


08787
一角よりくづしゆく外なき仕事画家に会ふべく足袋をはき替ふ
イッカクヨリ クヅシユクホカ ナキシゴト ガカニアフベク タビヲハキカフ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1958.6.10) 通巻56号 p.3


08788
意識してかたみに避くる語彙をもちバスゆるる時気弱く笑ふ
イシキシテ カタミニサクル ゴイヲモチ バスユルルトキ キヨワクワラフ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1958.6.10) 通巻56号 p.3


08789
方形に裁ちし小布をつぎつぎにつなぎつつ繻子の緋いろ紛れず
ホウケイニ タチシコギレヲ ツギツギニ ツナギツツシュスノ ヒイロマギレズ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1958.6.10) 通巻56号 p.3


08790
風落ちて夜霧は街を蔽はむにあなうら冷えてながく醒めゐる
カゼオチテ ヨギリハマチヲ オオハムニ アナウラヒエテ ナガクサメヰル

『短歌新聞』(短歌新聞社 1958.6.10) 通巻56号 p.3


08791
水甕に水をみたして夜々眠る母の生き方にもわれは及ばぬ
ミズガメニ ミズヲミタシテ ヨヨネムル ハハノイキカタニモ ワレハオヨバヌ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1958.6.10) 通巻56号 p.3


08792
筋書きのやうには運ばぬ心かとながく跼めりベゴニアの芽に
スジガキノ ヤウニハハコバヌ ココロカト ナガクカガメリ ベゴニアノメニ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1958.6.10) 通巻56号 p.3


08793
夢にしてうとめる笑顔写楽斎の版画のなかの大夫なりしや
ユメニシテ ウトメルエガオ シャラクサイノ ハンガノナカノ ダユウナリシヤ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1958.6.10) 通巻56号 p.3


08794
闇と闇をつなぎてひらく門ありき寂しみて夜の大橋渡る
ヤミトヤミヲ ツナギテヒラク モンアリキ サビシミテヨノ オオハシワタル

『短歌新聞』(短歌新聞社 1958.6.10) 通巻56号 p.3