十方の闇


08825
くぐり抜けて来て並ぶ影を踏む道となりつつもろし夜の会話は
クグリヌケテ キテナラブカゲヲ フムミチト ナリツツモロシ ヨルノカイワハ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1974.8) p.1


08826
雨となるけはひを言ひて身に痛く触れしことには答へず歩む
アメトナル ケハヒヲイヒテ ミニイタク フレシコトニハ コタヘズアユム

『短歌新聞』(短歌新聞社 1974.8) p.1


08827
はろけきは貨車のひびきか夜をこめて運ばれてゆくけものもあらむ
ハロケキハ カシャノヒビキカ ヨヲコメテ ハコバレテユク ケモノモアラム

『短歌新聞』(短歌新聞社 1974.8) p.1


08828
とどこほりふり返りつつ鶏の人のごとくに歩むと思ふ
トドコホリ フリカエリツツ ニワトリノ ヒトノゴトクニ アユムトオモフ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1974.8) p.1


08829
人を焼く炉のとどろきの残りゐて鋪道を歩む靴もひびかぬ
ヒトヲヤク ロノトドロキノ ノコリヰテ ホドウヲアユム クツモヒビカヌ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1974.8) p.1


08830
また訪はむ日のいつ知れず去りゆくに縞なして流るる若葉木原は
マタトハム ヒノイツシレズ サリユクニ シマナシテナガルル ワカバキハラハ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1974.8) p.1


08831
人の亡きあとのさびしさ過ぎてゆく日の数などに意味を持たせて
ヒトノナキ アトノサビシサ ズキテユク ヒノカズナドニ イミヲモタセテ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1974.8) p.1


08832
ひなげしは白のみとなりトレーシングペーパーほどの薄き花びら
ヒナゲシハ シロノミトナリ トレーシング ペーパーホドノ ウスキハナビラ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1974.8) p.1


08833
傘さして帰りゆきたり甲虫の体温のことを言ひゐし児らも
カササシテ カエリユキタリ コウチュウノ タイオンノコトヲ イヒヰシコラモ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1974.8) p.1


08834
はばからぬ声に家族のなじり合ふ会話続けり雨夜のバスに
ハバカラヌ コエニカゾクノ ナジリアフ カイワツヅケリ アメヨノバスニ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1974.8) p.1


08835
つぎつぎに鶴も死ぬとぞ脱ぎ捨てし手袋が持つ十方の闇
ツギツギニ ツルモシヌトゾ ヌギステシ テブクロガモツ ジッポウノヤミ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1974.8) p.1


08836
仕事より解かれぬわれか黄のカード飛び交ふ夢を夜もすがら見て
シゴトヨリ トカレヌワレカ キノカード トビカフユメヲ ヨモスガラミテ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1974.8) p.1


08837
すぐ乾くブラウスと知るやさしさに泡だてて揉む胸の部分を
スグカワク ブラウストシル ヤサシサニ アワダテテモム ムネノブブンヲ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1974.8) p.1


08838
触るるものみなつめたきに紫陽花の花咲くあたり日の差してゐる
フルルモノ ミナツメタキニ アジサイノ ハナサクアタリ ヒノサシテヰル

『短歌新聞』(短歌新聞社 1974.8) p.1


08839
長びける会議のさなか夏雲を追はむに狭しオフィスの窓は
ナガビケル カイギノサナカ ナツグモヲ オハムニセマシ オフィスノマドハ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1974.8) p.1