去年の港


08846
忘らるるより忘るるは易からむ白き孔雀のごとき雲湧く
ワスラルル ヨリワスルルハ ヤスカラム シロキクジャクノ ゴトキクモワク

『短歌新聞』(短歌新聞社 1976.8.10) 274号 p.1


08847
街路樹に風の凪ぐときへだてあひ個々の影置く篠懸の木は
ガイロジュニ カゼナグトキ ヘダテアヒ ココノカゲオク スズカケノキハ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1976.8.10) 274号 p.1


08848
等量の言葉持ちあひ寄りし日はアガパンサスもはじけて咲きし
トウリョウノ コトバモチアヒ ヨリシヒハ アガパンサスモ ハジケテサキシ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1976.8.10) 274号 p.1


08849
身一つを養はむのみに炊ぐ朝オートミールは香に立ちて煮ゆ
ミヒトツヲ ヤシナハムノミニ カシグアサ オートミールハ カニタチテニユ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1976.8.10) 274号 p.1


08850
一つ一つのうすくれなゐよ窓明けて南天の花の盛りにあへば
ヒトツヒトツノ ウスクレナヰヨ マドアケテ ナンテンノハナノ サカリニアヘバ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1976.8.10) 274号 p.1


08851
新しきパナマのクッション縁反りて遠きいづこの草の匂ひか
アタラシキ パナマノクッション フチソリテ トオキイヅコノ クサノニオヒカ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1976.8.10) 274号 p.1


08852
原色のままの黄色を画布にのせ向日葵を描かむ夏は来向ふ
ゲンショクノ ママノキイロヲ ガフニノセ ヒマワリヲカカム ナツハキムカフ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1976.8.10) 274号 p.1


08853
負傷兵がはだしにて帰ることなどのなき夏ならめ平和といふは
フショウヘイガ ハダシニテカエル コトナドノ ナキナツナラメ ヘイワトイフハ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1976.8.10) 274号 p.1


08854
背後より不意に叩かれしわが肩の人に知られぬ空洞の音
ハイゴヨリ フイニタタカレシ ワガカタノ ヒトニシラレヌ クウドウノオト

『短歌新聞』(短歌新聞社 1976.8.10) 274号 p.1


08855
タグボードばかり次々帰りにきわれはまだゐる去年の港に
タグボード バカリツギツギ カエリニキ ワレハマダヰル キョネンノミナトニ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1976.8.10) 274号 p.1


08856
足裏に踏むものなべて固き道いづこにかまた死の臭ひする
アシウラニ フムモノナベテ カタキミチ イヅコニカマタ シノニオヒスル

『短歌新聞』(短歌新聞社 1976.8.10) 274号 p.1


08857
燃料を如何ほどか使ひワイパーも徒労の如し雨のしげきに
ネンリョウヲ イカホドカツカヒ ワイパーモ トロウノゴトシ アメノシゲキニ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1976.8.10) 274号 p.1


08858
面変りせる人のことなど今見たる夢を忘るるごとく忘れよ
オモガワリ セルヒトノコトナド イマミタル ユメヲワスルル ゴトクワスレヨ

『短歌新聞』(短歌新聞社 1976.8.10) 274号 p.1


08859
どの橋を渡りても帰る家一つ車まかせに雨の夜をゆく
ドノハシヲ ワタリテモカエル イエヒトツ クルママカセニ アメノヨヲユク

『短歌新聞』(短歌新聞社 1976.8.10) 274号 p.1


08860
感情の嵐に巻かれてゐしのみよ梔子の八重も錆びつつ終る
カンジョウノ アラシニマカレテ ヰシノミヨ クチナシノヤエモ サビツツオワル

『短歌新聞』(短歌新聞社 1976.8.10) 274号 p.1