無題


09041
投げだされし氷の塊の裂傷に奔りて薄き紅色が透く
ナゲダサレシ コオリノカタマリノ レッショウニ ハシリテウスキ ベニイロガスク

『短歌公論』(短歌公論社 1972.3.1) 44号 p.2


09042
さまざまに窺ひて人は過ぎてゆきゆふべゆふべの空の茜よ
サマザマニ ウカガヒテヒトハ スギテユキ ユフベユフベノ ソラノアカネヨ

『短歌公論』(短歌公論社 1974.5.1) 70号 p.5


09043
束縛は生くる限りと思へるに羊雲浮くうすく燃えつつ
ソクバクハ イクルカギリト オモヘルニ ヒツジグモウク ウスクモエツツ

『短歌公論』(短歌公論社 1974.8.1) 73号 p.1


09044
音のして闇に目ざむる驚きは野に棲む兎もわれもかはらぬ
オトノシテ ヤミニメザムル オドロキハ ノニスムウサギモ ワレモカハラヌ

『短歌公論』(短歌公論社 1976.1.1) 89号 p.6


09045
アルミ箔の用途の一つ銀いろの鶴折りてわれの声なく遊ぶ
アルミハクノ ヨウトノヒトツ ギンイロノ ツルオリテワレノ コエナクアソブ

『短歌公論』(短歌公論社 1977.1.1) 101号 p.


09046
逃げ水の光のごとき素早さになべて過ぎつつ春ならむとす
ニゲミズノ ヒカリノゴトキ スバヤサニ ナベテスギツツ ハルナラムトス

『短歌公論』(短歌公論社 1980.2.1) 138号 p.6


09047
思ひたるのみに罪する掟あらばいくたびわれの死にたるならむ
オモヒタル ノミニツミスル オキテアラバ イクタビワレハ シニタルナラム

『短歌公論』(短歌公論社 1981.6.1) 178号 p.1


09048
われを吊る無数の糸も光り出す飽かず糸吐く虫を見をれば
ワレヲツル ムスウノイトモ ヒカリダス アカズイトハク ムシヲミヲレバ

『短歌公論』(短歌公論社 1983.11.1) 183号 p.1


09049
かたはらにおく幻の椅子一つあくがれて待つ夜もなし今は
カタハラニ オクマボロシノ イスヒトツ アクガレテマツ ヨモナシイマハ

『短歌公論』(短歌公論社 1984.2.1) 186号 p.2


09050
人住まぬ家の庭にも咲きそめて都忘れは雑草の丈
ヒトスマヌ イエノニワニモ サキソメテ ミヤコワスレハ ザッソウノタケ

『短歌公論』(短歌公論社 1984.6.1) 190号 p.1


09051
亡き人のたれとも知れず夢に来て菊人形のごとく立ちゐる
ナキヒトノ タレトモシレズ ユメニキテ キクニンギョウノ ゴトクタチヰル

『短歌公論』(短歌公論社 1984.11.1) 195号 p.2


09052
雨のあと必ず最後まで残る水たまりあるを怖れて思ふ
アメノアト カナラズサイゴ マデノコル ミズタマリアルヲ オソレテオモフ

『短歌公論』(短歌公論社 1992.3.1) 263号 p.1