ひとすぢの繩


09089
いづこにも風は吹きゐず花の香に乱されて醒めしまどろみのあと
イヅコニモ カゼハフキヰズ ハナノカニ ミダサレテサメシ マドロミノアト

『文芸埼玉』(埼玉県教育委員会 1969.11) 2号 p.27


09090
樫の木に觸れて別れし日を遠く逝けることさへ知らず過ぎにき
ニレノキニ フレテワカレシ ヒヲトオク ユケルコトサヘ シラズスギニキ

『文芸埼玉』(埼玉県教育委員会 1969.11) 2号 p.27


09091
ひとすぢの光りの繩のわれを巻きまたゆるやかに戻りてゆけり
ヒトスヂノ ヒカリノナワノ ワレヲマキ マタユルヤカニ モドリテユケリ

『文芸埼玉』(埼玉県教育委員会 1969.11) 2号 p.27


09092
みづからの手では滅ぶなといふ言葉思ひ出づるはいかなる時か
ミヅカラノ テデハホロブナト イフコトバ オモヒイヅルハ イカナルトキカ

『文芸埼玉』(埼玉県教育委員会 1969.11) 2号 p.27


09093
降りやまぬ雨の奥よりよみがへり挙手の礼などなすにあらずや
フリヤマヌ アメノオクヨリ ヨミガヘリ キョシュノレイナド ナスニアラズヤ

『文芸埼玉』(埼玉県教育委員会 1969.11) 2号 p.27


09094
仰ぎ見るステンドグラス使徒の手のトパーズ色の部分輝く
アオギミル ステンドグラス シトノテノ トパーズイロノ ブブンカガヤク

『文芸埼玉』(埼玉県教育委員会 1969.11) 2号 p.27


09095
ふり向けばいつの間に来て草むらに音もなくゐるシヤガールの牛
フリムケバ イツノマニキテ クサムラニ オトモナクヰル シヤガールノウシ

『文芸埼玉』(埼玉県教育委員会 1969.11) 2号 p.27


09096
幼な子の貸してくれたる黄の傘をふたたびさして手もと明るし
オサナゴノ カシテクレタル キノカサヲ フタタビサシテ テモトアカルシ

『文芸埼玉』(埼玉県教育委員会 1969.11) 2号 p.27


09097
ヒロインのごとくに老いし人と会ひ今に美しき歯並びも見つ
ヒロインノ ゴトクニオイシ ヒトトアヒ イマニウツクシキ ハナラビモミツ

『文芸埼玉』(埼玉県教育委員会 1969.11) 2号 p.27


09098
いづくまで行きしや月の夜の更けをつゆけき犬となりて戻り来
イヅクマデ ユキシヤツキノ ヨノフケヲ ツユケキイヌト ナリテモドリク

『文芸埼玉』(埼玉県教育委員会 1969.11) 2号 p.27