青のストール

対岸はひぐらしのさまざまのひなびたる電線の夏草の轢かれさうに右の耳よりしみじみとスクリユーの幾つにもたひらかな壁面のゆくりなくいらだちの病院へ鉱石ラヂオの焚きて来し蝶番のクローバーの花咲ける朝靄の前をゆく客足の間をおきて籠の戸をわれに無き使ひ方をたのしきことにかかはりのどんな火もたまひたる眠りゐるモールもて培ふはあぢさゐは白鳥座鱗持つふるさとの残されむどの山の楡の葉の日を置きて硝子切る水いろの風呂敷に雨あとの木の洞に年輪の山もとの教へ子の木犀の砂利に根を庖丁を日のくれに煩はしき脚長き夜の更けのひとすぢの埋めたてのみそかごと茅の穂の洗ひたるゆるやかに撃たれしはいまだ値の秋の来てルーレット届きたるゴムの葉など榧の実の神の使者は一羽のみと身内にはたれの絵の魔除けの印をいつまでも金柑の枯れ枝を坂道は風圧を落葉を歌垣の毛糸の玉はもの言はぬ三面鏡をサインペン例証を偽りの軒下ののがれ得ぬステーヂにバスを待つひとり身を凍りたる雪を見て出で歩く色盲の美しき音もなく針箱を膝かけを人を刺す藻のごときミシン踏めばくさぐさの護符の紐を唱ふればまどろみの鍵盤の蠟涙の足もとの春遅き縫ひものを流したる草を食む水の香を太陽のうとまれていくたびも銃声の野の鳥の屑鉄の営庭の雪の夜の夜の雨に竹を割く姉妹にブランデイ朝がたのまざまざと剥落の幾たびも喪のリボン日に二度は平坦の去年の蝶いかほどの川霧の前かがみにのがれゆく水桶を雪渓の笑ひ声の棕櫚の葉のみがきたる失ふに身をよぎるわが持てるみづからの

09390
対岸は何の工場か昼過ぎて壁の曇りの消えざる日あり
タイガンハ ナンノコウバカ ヒルスギテ カベノクモリノ キエザルヒアリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.7


09391
ひぐらしの声かぶさりて来るゆふべ人を憚ることにも倦みぬ
ヒグラシノ コエカブサリテ クルユフベ ヒトヲハバカル コトニモウミヌ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.7


09392
さまざまの悪夢のごとき溶かしつつ流るる水に添ひて歩めり
サマザマノ アクムノゴトキ トカシツツ ナガルルミズニ ソヒテアユメリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.7


09393
ひなびたる名を羞しめど菊芋の丈高き黄はわが好む花
ヒナビタル ナヲハジシメド キクイモノ タケタカキキハ ワガコノムハナ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.7


09394
電線のとぎれて見ゆるまぶしさに別れの言葉いくたびも言ふ
デンセンノ トギレテミユル マブシサニ ワカレノコトバ イクタビモイフ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.7


09395
夏草の茂りてかたち変りたる中洲に低くよしきり飛べり
ナツクサノ シゲリテカタチ カワリタル ナカスニヒクク ヨシキリトベリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.7


09396
轢かれさうになりたる犬の尾を垂れて急ぐともなく歩み去る見つ
ヒカレサウニ ナリタルイヌノ オヲタレテ イソグトモナク アユミサルミツ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.7


09397
右の耳より左の耳に移りつついづこともなきタムタムの音
ミギノミミヨリ ヒダリノミミニ ウツリツツ イヅコトモナキ タムタムノオト

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.8


09398
しみじみと聞きて別れぬやみがたく立場を守るための言葉も
シミジミト キキテワカレヌ ヤミガタク タチバヲマモル タメノコトバモ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.8


09399
スクリユーのゆるく廻れる幻覚に揉まれてゐしはたれのむくろか
カクリユーノ ユルクマワレル ゲンカクニ モマレテヰシハ タレノムクロカ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.8


09400
幾つにもかさなりて見ゆる残月を仰ぐことにも馴れて出でゆく
イクツニモ カサナリテミユル ザンゲツヲ アオグコトニモ ナレテイデユク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.8


09401
たひらかな一日を賜へわれのゆくビル見えたれか窓を明けゐる
タヒラカナ ヒトヒタマワヘ ワレノユク ビルミエタレカ マドヲアケヰル

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.8


09402
壁面の不意に近づき目の高さまるき額縁ありて揺れたり
ヘキメンノ フイニチカヅキ メノタカサ マルキガクブチ アリテユレタリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.8


09403
ゆくりなく日の差してをり君子蘭の花失ひて久しき鉢に
ユクリナク ヒノサシテヲリ クリビアノ ハナウシナヒテ ヒサシキハチニ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.8


09404
いらだちのもとの一つに進みがちな柱時計のことなどあらむ
イラダチノ モトノヒトツニ ススミガチナ ハシラドケイノ コトナドアラム

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.8


09405
病院へ行く時間来て幾つもの電話鳴りつぐ部屋よりのがる
ビョウインヘ ユクジカンキテ イクツモノ デンワナリツグ ヘヤヨリノガル

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.9


09406
鉱石ラヂオのホーンを耳にはめしまま絶えてゐしとふ眠れるごとく
コウセキラヂオノ ホーンヲミミニ ハメシママ タエテヰシトフ ネムルゴトク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.9


09407
焚きて来し香の匂ひの残りゐて脱ぎしコートを吊るす夜の壁
タキテコシ カウノニオヒノ ノコリヰテ ヌギシコートヲ ツルスヨノカベ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.9


09408
蝶番の鋲足りぬまま閉ざしおく戸あり目ざめてしばしば思ふ
チョウツガイノ ビョウタリヌママ トザシオク トアリメザメテ シバシバオモフ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.9


09409
クローバーのレイ編みし日もはろけきに襟にほくろを秘めゐたる母
クローバーノ レイアミシヒモ ハロケキニ エリニホクロヲ ヒメヰタルハハ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.9


09410
花咲けるうちに知りたき木々の名と仰ぎつつ森のほとりをかよふ
ハナサケル ウチニシリタキ キギノナト アオギツツモリノ ホトリヲカヨフ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.9


09411
朝靄の底より翔つと仰ぐ間に大いなる弧をゑがきぬ鳶は
アサモヤノ ソコヨリタツト アオグマニ オオイナルコヲ ヱガキヌトビハ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.9


09412
前をゆく車より洩れわが背筋むしばむやうな裏声の唄
マエヲユク クルマヨリモレ ワガセスジ ムシバムヤウナ ウラゴエノウタ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.9


09413
客足の跡絶ゆる待ちて少年の同じところを幾たびも掃く
キャクアシノ トダユルマチテ ショウネンノ オナジトコロヲ イクタビモハク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.10


09414
間をおきてときめき光り稲妻の音なく遠く移ろひゆけり
マヲオキテ トキメキヒカリ イナヅマノ オトナクトオク ウツロヒユケリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.10


09415
籠の戸をしきり啄むインコらに魔法の解くる日はいつならむ
カゴノトヲ シキリツイバム インコラニ マホウノトクル ヒハイツナラム

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.10


09416
われに無き技能の一つ区切りつつ点字読みゐる隣室のこゑ
ワレニナキ ギノウノヒトツ クギリツツ テンジヨミヰル リンシツノコヱ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.10


09417
使ひ方を知らぬ秤の棚にあり何にこだはり朝より思ふ
ツカヒカタヲ シラヌハカリノ タナニアリ ナニニコダハリ アサヨリオモフ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.10


09418
たのしきことに誘ひ呉るると思はねど朱肉の壺を閉ぢて立ちゆく
タノシキコトニ サソヒクルルト オモハネド シュニクノツボヲ トヂテタチユク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.10


09419
かかはりのなきことながら夕まけて地下ガレージのあたり騒がし
カカハリノ ナキコトナガラ ユウマケテ チカガレージノ アタリサワガシ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.10


09420
どんな火も消されてしまふと棕櫚を打つ雨聞きながら暫らくはゐつ
ドンナヒモ ケサレテシマフト シュロヲウツ アメキキナガラ シバラクハヰツ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.10


09421
たまひたるうすべに珊瑚の玉一つ病ひ恐れぬ日の還り来よ
タマヒタル ウスベニサンゴノ ギョクヒトツ ヤマヒオソレヌ ヒノカエリコヨ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.11


09422
眠りゐる仔犬の耳のふと動きやがて隣りのドアのあく音
ネムリヰル コイヌノミミノ フトウゴキ ヤガテトナリノ ドアノアクオト

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.11


09423
モールもて作れる駱駝棚に置きとりとめもなくさすらひゆけり
モールモテ ツクレルラクダ タナニオキ トリトメモナク サスラヒユケリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.11


09424
培ふはただ病ひのみと人の言ふ運命論はみづからも持つ
ツチカフハ タダヤマヒノミト ヒトノイフ ウンメイロンハ ミヅカラモモツ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.11


09425
あぢさゐはうすくれなゐの返り花しづまりかねて出でゆくものを
アヂサヰハ ウスクレナヰノ カエリバナ シヅマリカネテ イデユクモノヲ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.11


09426
白鳥座ともに探しし遠き日よ母はすでに盲ひてゐしにあらずや
ハクチョウザ トモニサガシシ トオキヒヨ ハハハスデニメシヒテ ヰシニアラズヤ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.11


09427
鱗持つ木と畏れたるかの松も伐られしといふ二十年経ぬ
ウロコモツ キトオソレタル カノマツモ キラレシトイフ ニジュウネンヘヌ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.11


09428
ふるさとの山家に残る老い一人浮子などを今も集めてゐむか
フルサトノ ヤマガニノコル オイヒトリ ウキナドヲイマモ アツメテヰムカ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.11


09429
残されむ一人のために死も難し南天の花ゆさぶりて見つ
ノコサレム ヒトリノタメニ シモカタシ ナンテンノハナ ユサブリテミツ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.12


09430
どの山の地図ひらきても静脈の色つばらかに川流れたり
ドノヤマノ チズヒラキテモ ジョウミャクノ イロツバラカニ カワナガレタリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.12


09431
楡の葉のそよげる見ゐつその母を失はむとする人のかたはら
ニレノハノ ソヨゲルミヰツ ソノハハヲ ウシナハムトスル ヒトノカタハラ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.12


09432
日を置きて濁りの去りし湖に下駄は浮き靴は沈めりといふ
ヒヲオキテ ニゴリノサリシ ミズウミニ ゲタハウキクツハ シズメリトイフ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.12


09433
硝子切る音も身近かに聞きしより鼓膜の位置の疼くをりふし
ガラスキル オトモミヂカニ キキシヨリ コマクノイチノ ウズクヲリフシ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.12


09434
水いろの小さき卵わが庭に生みゆける鳥の帰る日ありや
ミズイロノ チイサキタマゴ ワガニワニ ウミユケルトリノ カエルヒアリヤ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.12


09435
風呂敷に氷塊を包み買へる見つ母などの病む少女ならむか
フロシキニ ヒョウカイヲクルミ カヘルミツ ハハナドノヤム ショウジョナラムカ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.12


09436
雨あとの雫をおとす黄櫨の葉も髪に飾らむほどに色づく
アメアトノ シズクヲオトス ハゼノハモ カミニカザラム ホドニイロヅク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.12


09437
木の洞にいつまであらむ翅たたみ押し葉となれる蝶の一枚
キノウロニ イツマデアラム ハネタタミ オシバトナレル チョウノイチマイ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.13


09438
年輪のひずみに添ひてにじみゐるそこはかとなき樹脂のくれなゐ
ネンリンノ ヒズミニソヒテ ニジミヰル ソコハカトナキ ジュシノクレナヰ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.13


09439
山もとの基地を日照雨の降り過ぐるしづけき朝にゆくりなく遭ふ
ヤマモトノ キチヲソバエノ フリスグル シヅケキアサニ ユクリナクアフ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.13


09440
教へ子の一人二人と子をなしてわれに見えざるもののまぶしさ
オシヘゴノ ヒトリフタリト コヲナシテ ワレニミエザル モノノマブシサ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.13


09441
木犀の根づけるさまを見届けて安らぎのふと失意に似たり
モクセイノ ネヅケルサマヲ ミトドケテ ヤスラギノフト シツイニニタリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.13


09442
砂利に根を張りたる穂草抜きてゐてなしあぐむことの多きを思ふ
ジャリニネヲ ハリタルホグサ ヌキテヰテ ナシアグムコトノ オオキヲオモフ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.13


09443
庖丁を今日は砥がせて新しき家に慣れゆく妹のさま
ホウチョウヲ キョウハトガセテ アタラシキ イエニナレユク イモウトノサマ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.13


09444
日のくれに帰れる犬の身顫ひて遠き沙漠の砂まき散らす
ヒノクレニ カエレルイヌノ ミブルヒテ トオキサバクノ スナマキチラス

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.13


09445
煩はしき光りをまとふ木々となり動かぬ影の何一つなし
ワズラハシキ ヒカリヲマトフ キギトナリ ウゴカヌカゲノ ナニヒトツナシ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.14


09446
脚長き人々の来て道の上何かしきりに踏まれてゆけり
アシナガキ ヒトビトノキテ ミチノウエ ナニカシキリニ フマレテユケリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.14


09447
夜の更けの道に諍ふ人のこゑ男の声は低く途切るる
ヨノフケノ ミチニアラソフ ヒトノコヱ オトコノコエハ ヒククトギルル

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.14


09448
ひとすぢの金属音を曳くごとし翅持つ種子の空を飛びゆく
ヒトスヂノ キンゾクオンヲ ヒクゴトシ ハネモツシュシノ ソラヲトビユク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.14


09449
埋めたての人ら去りゆきパレットのかたちに白く暮れ残る沼
ウメタテノ ヒトラサリユキ パレットノ カタチニシロク クレノコルヌマ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.14


09450
みそかごと語らひゆくにあらねども声ひびきあふ石道となる
ミソカゴト カタラヒユクニ アラネドモ コエヒビキアフ イシミチトナル

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.14


09451
茅の穂の風に騒ぎてどの道を抜けても寒き夕ぐれの坂
カヤノホノ カゼニサワギテ ドノミチヲ ヌケテモサムキ ユウグレノサカ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.14


09452
洗ひたる髪を垂らしていづくにか灰の降る夜を遠く眠りぬ
アラヒタル カミヲタラシテ イヅクニカ ハイノフルヨヲ トオクネムリヌ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.14


09453
ゆるやかに移る画面に煙りあがり地平のはての私刑を見しむ
ユルヤカニ ウツルガメンニ ケムリアガリ チヘイノハテノ シケイヲミシム

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.15


09454
撃たれしは土民の少女羽根あまた髪に飾れるよそほひのまま
ウタレシハ ドミンノショウジョ ハネアマタ カミニカザレル ヨソホヒノママ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.15


09455
いまだ値のつかぬ野菜のかがやきて露もろともに運ばれゆけり
イマダネノ ツカヌヤサイノ カガヤキテ ツユモロトモニ ハコバレユケリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.15


09456
秋の来ていち早く手を荒らす見つ赤き手套を編む内職に
アキノキテ イチハヤクテヲ アラスミツ アカキミトンヲ アムナイショクニ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.15


09457
ルーレットとまれる谷によみがへる何あらむ目を閉ぢて待ちつつ
ルーレット トマレルタニニ ヨミガヘル ナニアラムメヲ トヂテマチツツ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.15


09458
届きたるウイーンの地図をひろげつつ旅ゆく人の手を恋ひゐたり
トドキタル ウイーンノチズヲ ヒロゲツツ タビユクヒトノ テヲコヒヰタリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.15


09459
ゴムの葉など洗ひゐる間にみどり児をすりかへらるる怖れはなきか
ゴムノハナド アラヒヰルマニ ミドリゴヲ スリカヘラルル オソレハナキカ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.15


09460
榧の実の一日降りしきいち早く冬の保護色となるけものたち
カヤノミノ ヒトヒフリシキ イチハヤク フユノホゴショクト ナルケモノタチ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.15


09461
神の使者は何を着て来む風の日も言葉つつしみ人に対へり
カミノシシャハ ナニヲキテコム カゼノヒモ コトバツツシミ ヒトニツイヘリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.16


09462
一羽のみとなりしインコも目ざめつつママレード煮る香の部屋に満つ
イチワノミト ナリシインコモ メザメツツ ママレードニル カノヘヤニミツ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.16


09463
身内には言へぬことあり駅までを伴へる人にも告げず別れぬ
ミウチニハ イヘヌコトアリ エキマデヲ トモナヘルヒトニモ ツゲズワカレヌ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.16


09464
たれの絵の構図ともなく渦なして土管に呑まれゆく泥のさま
タレノエノ コウズトモナク ウズナシテ ドカンニノマレ ユクドロノサマ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.16


09465
魔除けの印を衿に縫ひくれし母は亡し眠られぬ夜の続けば思ふ
マヨケノインヲ エリニヌヒクレシ ハハハナシ ネムラレヌヨノ ツヅケバオモフ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.16


09466
いつまでもとろ火に何を煮てゐけむをりをりさびし母の憶ひ出
イツマデモ トロビニナニヲ ニテヰケム ヲリヲリサビシ ハハノオモヒデ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.16


09467
金柑のやさしき重み手にのせて一粒づつの核を抜きゆく
キンカンノ ヤサシキオモミ テニノセテ ヒトツブヅツノ カクヲヌキユク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.16


09468
枯れ枝をぴしぴし折りてくべてゆく仕事にかかる前の工夫ら
カレエダヲ ピシピシオリテ クベテユク シゴトニカカル マエノコウフラ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.16


09469
坂道は霧ふかくして白樺の材を積みたるトラック行けり
サカミチハ キリフカクシテ シラカバノ ザイヲツミタル トラックユケリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.17


09470
風圧をかいくぐりゆく鷺のさま低き一羽はしげくはばたく
フウアツヲ カイクグリユク サギノサマ ヒクキイチワハ シゲクハバタク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.17


09471
落葉を終れる木立木守りの柿の一顆の重き夜あらむ
ラクヨウヲ オワレルコダチ キマモリノ カキノイッカノ オモキヨアラム

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.17


09472
歌垣の跡をたづねむもくろみも古りて今年の野分に吹かる
ウタガキノ アトヲタヅネム モクロミモ フリテコトシノ ノワキニフカル

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.17


09473
毛糸の玉はやさしく膝へ返りつつ妹に編む青のストール
ケイトノタマハ ヤサシクヒザヘ カエリツツ イモウトニアム アオノストール

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.17


09474
もの言はぬ亀の夜毎に現はるる夢も恐れぬまでに癒え来ぬ
モノイハヌ カメノヨゴトニ アラハルル ユメモオソレヌ マデニイエキヌ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.17


09475
三面鏡をたたみて出づる朝々の怒りはつねにみづからに向く
サンメンキョウヲ タタミテイヅル アサアサノ イカリハツネニ ミヅカラニムク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.17


09476
サインペンもて次々に書かれゆき姓と名の持つ不思議な調和
サインペン モテツギツギニ カカレユキ セイトナノモツ フシギナチョウワ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.17


09477
例証をあげつつ人のきほふとき音なくわれの下降始まる
レイショウヲ アゲツツヒトノ キホフトキ オトナクワレノ カコウハジマル

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.18


09478
偽りの印章を押しし手と思ひ葉巻揉むときつくづくと見つ
イツワリノ インショウヲオシシ テトオモヒ ハマキモムトキ ツクヅクトミツ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.18


09479
軒下の八つ手の花に蜂も来ず窓いっぱいに降りしきる雨
ノキシタノ ヤツデノハナニ ハチモコズ マドイッパイニ フリシキルアメ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.18


09480
のがれ得ぬ雪崩なりしやふたたびの忌の夜にひびく木枯のこゑ
ノガレエヌ ナダレナリシヤ フタタビノ キノヨニヒビク コガラシノコヱ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.18


09481
ステーヂに紙の吹雪の降りしきり老いさらばへし人を歩ます
ステーヂニ カミノフブキノ フリシキリ オイサラバヘシ ヒトヲアユマス

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.18


09482
バスを待つ寒き川べり胸の毛をよごして帰るわが犬に会ふ
バスヲマツ サムキカワベリ ムネノケヲ ヨゴシテカエル ワガイヌニアフ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.18


09483
ひとり身を照らし出されぬヘッドライトの穂先が棒のごとく伸び来て
ヒトリミヲ テラシダサレヌ ヘッドライトノ ホサキガボウノ ゴトクノビキテ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.18


09484
凍りたる葱むきをればかつがつに生きて終らむゆく末も見ゆ
コオリタル ネギムキヲレバ カツガツニ イキテオワラム ユクスエモミユ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.18


09485
雪を見て日すがら臥りゐしといふ何しゐたらむかの日のわれは
ユキヲミテ ヒスガラコヤリ ヰシトイフ ナニシヰタラム カノヒノワレハ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.19


09486
出で歩く日の稀にしてよくものを失ふことの今も変らず
イデアルク ヒノマレニシテ ヨクモノヲ ウシナフコトノ イマモカワラズ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.19


09487
色盲のゆゑと知るとも褐色の薔薇いっぱいにあふるる画面
シキモウノ ユヱトシルトモ カツショクノ バライッパイニ アフルルガメン

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.19


09488
美しき拘束といへる言葉あり妹のルージュ買ひゐて思ふ
ウツクシキ コウソクトイヘル コトバアリ イモウトノルージュ カヒヰテオモフ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.19


09489
音もなく木々に降る雪かの冬より還らぬ人の花かも知れず
オトモナク キギニフルユキ カノフユヨリ カエラヌヒトノ ハナカモシレズ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.19


09490
針箱を新しき罐に替へておく春のコートを縫はむ日近く
ハリバコヲ アタラシキカンニ カヘテオク ハルノコートヲ ヌハムヒチカク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.19


09491
膝かけをわれに編めりといふ便りぬくとき風に吹かるるごとし
ヒザカケヲ ワレニアメリト イフタヨリ ヌクトキカゼニ フカルルゴトシ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.19


09492
人を刺すことなかりしやペン軸の無数の傷を見つつ思へば
ヒトヲサス コトナカリシヤ ペンジクノ ムスウノキズヲ ミツツオモヘバ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.19


09493
藻のごとき木立の影をひき裂きてまた音もなく去る車あり
モノゴトキ コダチノカゲヲ ヒキサキテ マタオトモナク サルクルマアリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.20


09494
ミシン踏めばミシンの音にまぎれゆき憎まるるほどのこともなし得ぬ
ミシンフメバ ミシンノオトニ マギレユキ ニクマルルホドノ コトモナシエヌ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.20


09495
くさぐさの故売の品に美しき音を満たしゐしごときかの壺
クサグサノ コバイノシナニ ウツクシキ オトヲミタシヰシ ゴトキカノツボ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.20


09496
護符の紐を首にかけやる古りし世の母のさま埃及の壁画は見しむ
ゴフノヒモヲ クビニカケヤル フリシヨノ ハハノサマエジプトノ ヘキガハミシム

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.20


09497
唱ふれば成ると教はり唱へたる幼き日より信深からず
トナフレバ ナルトオソハリ トナヘタル オサナキヒヨリ シンフカカラズ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.20


09498
まどろみの隙間をみたす水ありてただよひゆけりわれのてのひら
マドロミノ スキマヲミタス ミズアリテ タダヨヒユケリ ワレノテノヒラ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.20


09499
鍵盤の白と黒との溶けあふと尽きぬ歎きのいづこより来る
ケンバンノ シロトクロトノ トケアフト ツキヌナゲキノ イヅコヨリクル

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.20


09500
蠟涙の椅子に流れてゐしこともわれを朝より崩さむとする
ロウルイノ イスニナガレテ ヰシコトモ ワレヲアサヨリ クズサムトスル

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.20


09501
足もとの石の割れ目を噴き出でて無法に水のひろがりゆけり
アシモトノ イシノワレメヲ フキイデテ ムホウニミズノ ヒロガリユケリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.21


09502
春遅き年と思ふにまんさくの花封じよこす故郷の手紙
ハルオソキ トシトオモフニ マンサクノ ハナフウジヨコス コキョウノテガミ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.21


09503
縫ひものをしをれば時のたつ早し西のガラスの明るみそめぬ
ヌヒモノヲ シヲレバトキノ タツハヤシ ニシノガラスノ アカルミソメヌ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.21


09504
流したる雛の一つの去りやらず眉目なき顔のしろじろとして
ナガシタル ヒナノヒトツノ サリヤラズ ビモクナキカオノ シロジロトシテ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.21


09505
草を食む馬などの不意にやさしくてたんぽぽの黄のそよげるを見つ
クサヲハム ウマナドノフイニ ヤサシクテ タンポポノキノ ソヨゲルヲミツ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.21


09506
水の香を嗅ぎつけてはやるわが小犬草萌えしるき丘を越えつつ
ミズノカヲ カギツケテハヤル ワガコイヌ クサモエシルキ オカヲコエツツ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.21


09507
太陽のひといろをともすたんぽぽと嗅げばさやかに野生の匂ひ
タイヨウノ ヒトイロヲトモス タンポポト カゲバサヤカニ ヤセイノニオヒ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.21


09508
うとまれてつひに逝かしし人のあり短かく病みて母は死ににき
ウトマレテ ツヒニユカシシ ヒトノアリ ミジカクヤミテ ハハハシニニキ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.21


09509
いくたびも沈みては浮く夢のなか沈みきりたくなりて沈みき
イクタビモ シズミテハウク ユメノナカ シズミキリタク ナリテシズミキ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.22


09510
銃声のごとくにわれをつんざきて呼ぶ声のなかにめざめて行きぬ
ジュウセイノ ゴトクニワレヲ ツンザキテ ヨブコエノナカニ メザメテユキヌ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.22


09511
野の鳥の呼びかはすこゑ美しき羽根をわが身は持つこともなし
ノノトリノ ヨビカハスコヱ ウツクシキ ハネヲワガミハ モツコトモナシ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.22


09512
屑鉄の山乾きゐて匂はぬを不思議となして河原過ぎゆく
クズテツノ ヤマカワキヰテ ニオハヌヲ フシギトナシテ カワラスギユク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.22


09513
営庭の跡の草むら春たけて軍用犬の塚は小さし
エイテイノ アトノクサムラ ハルタケテ グンヨウケンノ ツカハチイサシ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.22


09514
雪の夜の寂しき悔いを今に持ちそよぐ芽ぶきのごとき思ひよ
ユキノヨノ サビシキクイヲ イマニモチ ソヨグメブキノ ゴトキオモヒヨ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.22


09515
夜の雨に小さき笛は立ち直りマーガレットの葉のかたち見す
ヨルノアメニ チイサキフエハ タチナオリ マーガレットノ ハノカタチミス

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.22


09516
竹を割く音の次第に澄みて来ぬ野鳩のむれの飛びたちしあと
タケヲサク オトノシダイニ スミテキヌ ノバトノムレノ トビタチシアト

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.22


09517
姉妹に小さき雪靴編み呉れき藁の匂ひを嗅げば思ほゆ
キョウダイニ チイサキユキグツ アミクレキ ワラノニオヒヲ カゲバオモホユ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.23


09518
ブランデイ蜜に濁してゆすりつつグラスの底にしばし潜まむ
ブランデイ ミツニニゴシテ ユスリツツ グラスノソコニ シバシヒソマム

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.23


09519
朝がたの眠りに浮きて人と人波のごとくに触れあひゆけり
アサガタノ ネムリニウキテ ヒトトヒト ナミノゴトクニ フレアヒユケリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.23


09520
まざまざと羽音をたてて水鳥のわれはいづこの渚に憩ふ
マザマザト ハオトヲタテテ ミズドリノ ワレハイヅコノ ナギサニイコフ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.23


09521
剥落のはげしき仏画口角のするどく裂けてゐし忘られず
ハクラクノ ハゲシキブツガ コウカクノ スルドクサケテ ヰシワスラレズ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.23


09522
幾たびも背後かすめて何やらむ漆黒の荷を積めるトラック
イクタビモ ハイゴカスメテ ナニヤラム シッコクノニヲ ツメルトラック

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.23


09523
喪のリボンはづしつつ思ふ生きの日になしがたかりし和解を遂げぬ
モノリボン ハヅシツツオモフ イキノヒニ ナシガタカリシ ワカイヲトゲヌ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.23


09524
日に二度は渡る橋なりトラックをとめて乗る少女見る朝のあり
ヒニニドハ ワタルハシナリ トラックヲ トメテノルショウジョ ミルアサノアリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.23


09525
平坦の草原を来て久しきに登りとなれる道あたたかし
ヘイタンノ ソウゲンヲキテ ヒサシキニ ノボリトナレル ミチアタタカシ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.24


09526
去年の蝶今年の蝶と分きがたくサングラスのなかにいつまでも舞ふ
コゾノチョウ コトシノチョウト ワキガタク サングラスノナカニ イツマデモマフ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.24


09527
いかほどのよろこびあらむげんげ田に蜂を放てる顫鳴のなか
イカホドノ ヨロコビアラム ゲンゲダニ ハチヲハナテル センメイノナカ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.24


09528
川霧のいつしか沈み見馴れたる灯をちりばめて暮れてゆく街
カワギリノ イツシカシズミ ミナレタル ヒヲチリバメテ クレテユクマチ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.24


09529
前かがみに見えて危ふき石の像夜学校よりコーラスは湧く
マエカガミニ ミエテアヤフキ イシノゾウ ヤガッコウヨリ コーラスハワク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.24


09530
のがれゆく埴輪の馬のまろらなる鈴が音遠く聞きつつ眠る
ノガレユク ハニワノウマノ マロラナル スズガネトオク キキツツネムル

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.24


09531
水桶を頭上に重く捧げゐつ砂塵に眼閉ぢしときの間
ミズオケヲ ズジョウニオモク ササゲヰツ サジンニマナコ トヂシトキノマ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.24


09532
雪渓のいづこも寒しなきがらを残さざる死を遂げむと言ひき
セッケイノ イヅコモサムシ ナキガラヲ ノコサザルシヲ トゲムトイヒキ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.24


09533
笑ひ声の高きことなど母に似るわれと思ひて人と並みゆく
ワラヒゴエノ タカキコトナド ハハニニル ワレトオモヒテ ヒトトナミユク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.25


09534
棕櫚の葉の窓をおほひてシユーマンの楽譜たどるに暗き昼すぎ
シュロノハノ マドヲオホヒテ シユーマンノ ガクフタドルニ クラキヒルスギ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.25


09535
みがきたるランプともせば玻璃の筒にとざされて細き芯燃ゆるなり
ミガキタル ランプトモセバ ハリノツツニ トザサレテホソキ シンモユルナリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.25


09536
失ふに惜しく残れる何あらむすりぬけてゆく夜の人ごみを
ウシナフニ オシクノコレル ナニアラム スリヌケテユク ヨノヒトゴミヲ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.25


09537
身をよぎるよろこびも今はかすかにて綿雲の浮く空思ひゐつ
ミヲヨギル ヨロコビモイマハ カスカニテ ワタグモノウク ソラオモヒヰツ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.25


09538
わが持てる壺の一つにいつの日かこまかき骨として収まらむ
ワガモテル ツボノヒトツニ イツノヒカ コマカキホネト シテオサマラム

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.25


09539
みづからの問ひも答へもおのづから定まるに似て夜の雨の音
ミヅカラノ トヒモコタヘモ オノヅカラ サダマルニニテ ヨノアメノオト

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.25