椿一本


09745
椿の木に変へられてなほ生きたきに日々に重たし諸手の花は
ツバキノキニ カヘラレテナホ イキタキニ ヒビニオモタシ モロテノハナハ

『現代短歌シンボジュームテキスト』( 1963.4) p.1


09746
次々に切り倒さるる木々の中苦しむために切り残されむ
ツギツギニ キリタオサルル キギノナカ クルシムタメニ キリノコサレム

『現代短歌シンボジュームテキスト』( 1963.4) p.1


09747
花咲けるゆゑに一本残されてまともに風を浴ぶる木となる
ハナサケル ユヱニヒトモト ノコサレテ マトモニカゼヲ アブルキトナル

『現代短歌シンボジュームテキスト』( 1963.4) p.1


09748
スパイクのままわが幹をよぢ昇る児よ下枝を撓めて待てば
スパイクノ ママワガミキヲ ヨヂノボル コヨシタエダヲ タワメテマテバ

『現代短歌シンボジュームテキスト』( 1963.4) p.1


09749
脅えやすき少女のために夜の雪墜堪へてゐたりき行き過ぐるまで
オビエヤスキ ショウジョノタメニ ヨノシヅレ タヘテヰタリキ ユキスグルマデ

『現代短歌シンボジュームテキスト』( 1963.4) p.1


09750
月よりも星よりも太陽の美しさ生れ変りし木にて知りゆく
ツキヨリモ ホシヨリモタイヨウノ ウツクシサ ウマレカワリシ キニテシリユク

『現代短歌シンボジュームテキスト』( 1963.4) p.1


09751
逢はむためてだて選ばぬ若者がわが幹に彫る隠語めく文字
アハムタメ テダテエラバヌ ワカモノガ ワガミキニホル インゴメクモジ

『現代短歌シンボジュームテキスト』( 1963.4) p.1


09752
やみがたく伸ばす根いつか亡骸の母の頭蓋を砕く日あらむ
ヤミガタク ノバスネイツカ ナキガラノ ハハノズガイヲ クダクヒアラム

『現代短歌シンボジュームテキスト』( 1963.4) p.1


09753
変生の後に届きし手紙にて取り返しのつかぬことばかりなる
ヘンセイノ ノチニトドキシ テガミニテ トリカエシノツカヌ コトバカリナル

『現代短歌シンボジュームテキスト』( 1963.4) p.1


09754
色盲を見破られ来し少年に仰がれて褪せしわが花の色
シキモウヲ ミヤブラレコシ ショウネンニ アオガレテアセシ ワガハナノイロ

『現代短歌シンボジュームテキスト』( 1963.4) p.1


09755
幽明をさまよひゆけばたをやかにありけむマルグリータも老いぬ
ユウメイヲ サマヨヒユケバ タヲヤカニ アリケムマルグ リータモオイヌ

『現代短歌シンボジュームテキスト』( 1963.4) p.1


09756
風のなき夜は花粉も漂ふと垂れつつ月に照る葉翳る葉
カゼノナキ ヨルハカフンモ タダヨフト タレツツツキニ テルハカゲルハ

『現代短歌シンボジュームテキスト』( 1963.4) p.1


09757
犠牲死を聴きしかの日の耳のまま幹に貼りつき疼く瘤あり
ギセイシヲ キキシカノヒノ ミミノママ ミキニハリツキ ウズクコブアリ

『現代短歌シンボジュームテキスト』( 1963.4) p.2


09758
<落ちざまに水こぼしけり花椿>芭蕉を超えず木となりてなほ
オチザマニ ミズコボシケリ ハナツバキ バショウヲコエズ キトナリテナホ

『現代短歌シンボジュームテキスト』( 1963.4) p.2


09759
風を得て一夜にわれのこぼす花貧しき町の子らが拾はむ
カゼヲエテ ヒトヨニワレノ コボスハナ マズシキマチノ コラガヒロハム

『現代短歌シンボジュームテキスト』( 1963.4) p.2


09760
殺戮の跡のごとしと呟けり義足にわれの落花踏みつつ
サツリクノ アトノゴトシト ツブヤケリ ギソクノワレノ ラッカフミツツ

『現代短歌シンボジュームテキスト』( 1963.4) p.2


09761
人間に戻らねば遂げ得ぬことに次第に醒めてゆく心あり
ニンゲンニ モドラネバトゲ エヌコトニ シダイニサメテ ユクココロアリ

『現代短歌シンボジュームテキスト』( 1963.4) p.2


09762
濫伐のあとの切り株よごれゆく日々ひこばえに若葉そよげり
ランバツノ アトノキリカブ ヨゴレユク ヒビヒコバエニ ワカバソヨゲリ

『現代短歌シンボジュームテキスト』( 1963.4) p.2


09763
たえまなく電話鳴る部屋一輪の椿を額に挿して働く
タエマナク デンワナルヘヤ イチリンノ ツバキヲガクニ サシテハタラク

『現代短歌シンボジュームテキスト』( 1963.4) p.2


09764
しげりあふ枝葉かかげて年を経ししびれは長く四肢に残らむ
シゲリアフ エダハカカゲテ トシヲヘシ シビレハナガク シシニノコラム

『現代短歌シンボジュームテキスト』( 1963.4) p.2