あとかたもなく


09905
巻き貝の芯まで今朝は明るしと思へることもながく続かず
マキガイノ シンマデケサハ アカルシト オモヘルコトモ ナガクツヅカズ

『おおみや』(大宮名店会 1972.2) 37号 p.23


09906
いつのまに小さき蜂の数増して白梅の花のめぐり賑はふ
イツノマニ チイサキハチノ カズマシテ シラウメノハナノ メグリニギハフ

『おおみや』(大宮名店会 1972.2) 37号 p.23


09907
航跡雲あとかたもなく消えてをり思ひかくまで澄む日のありや
コウセキウン アトカタモナク キエテヲリ オモヒカクマデ スムヒノアリヤ

『おおみや』(大宮名店会 1972.2) 37号 p.23


09908
ゆくりなく窓に映りてわが見しはみづからの持つ行きずりの顔
ユクリナク マドニウツリテ ワガミシハ ミヅカラノモツ ユキズリノカオ

『おおみや』(大宮名店会 1972.2) 37号 p.23


09909
ここにゐる限りは見えて足折れしガラスの鹿の再び立たず
ココニヰル カギリハミエテ アシオレシ ガラスノシカノ フタタビタタズ

『おおみや』(大宮名店会 1972.2) 37号 p.23


09910
ものを食む現し身のふと生臭し灯ともりて咲くギヤマンの花
モノヲハム ウツシミノフト ナマグサシ ヒトモリテサク ギヤマンノハナ

『おおみや』(大宮名店会 1972.2) 37号 p.23


09911
駅までを連れだちてゐて身の左庇はれて歩むことのやさしさ
エキマデヲ ツレダチテヰテ ミノヒダリ カバハレテアユム コトノヤサシサ

『おおみや』(大宮名店会 1972.2) 37号 p.23


09912
街灯のうるむ夜霧のなかを来て鳩時計鳴るはいづこの家か
ガイトウノ ウルムヨギリノ ナカヲキテ ハトドケイナルハ イヅコノイエカ

『おおみや』(大宮名店会 1972.2) 37号 p.23


09913
手首より襟回りよりほどかれて混沌と積もるまだらの毛糸
テクヒヨリ エリマワリヨリ ホドカレテ コントントツモル マダラノケイト

『おおみや』(大宮名店会 1972.2) 37号 p.23


09914
雪柳の花のこまごま散りそめぬ帰ることなき犬の名を呼ぶ
ユキヤナギノ ハナノコマゴマ チリソメヌ カエルコトナキ イヌノナヲヨブ

『おおみや』(大宮名店会 1972.2) 37号 p.23