山峡の家


10086
門の邊の大樹の合歡に花咲きてこのごろ道に降る日もありぬ
カドノヘノ タイジュノネムニ ハナサキテ コノゴロミチニ フルヒモアリヌ

『歌と随筆』(蒼明社 1948.9) 第3巻7号 p.16


10087
物乏しく貧しさに時に諍へど相ひ寄り生きてニとせ近し
モノトボシク マズシサニトキニ イサカヘド アヒヨリイキテ フタトセチカシ

『歌と随筆』(蒼明社 1948.9) 第3巻7号 p.16


10088
山峡ひの泉を引きし裏背戸のかけひの水を汲みて我が生く
ヤマカヒノ イズミヲヒキシ ウラセトノ カケヒノミズヲ クミテワガイク

『歌と随筆』(蒼明社 1948.9) 第3巻7号 p.16


10089
小夜更けて芯にひゞきくる谷川の音にぞ吾ら相ひ寄られつつ
サヨフケテ シンニヒビキクル タニガワノ オトニゾワレラ アヒヨラレツツ

『歌と随筆』(蒼明社 1948.9) 第3巻7号 p.16


10090
風の野に微動だもせず吹かれゐる巖うらやむ別れ來につつ
カゼノノニ ビドウダモセズ フカレヰル イワヲウラヤム ワカレキニツツ

『歌と随筆』(蒼明社 1948.9) 第3巻7号 p.16


10091
小さきいがのあまたつきそめし山栗の大樹仰ぎて何頼みゐる
チイサキイガノ アマタツキソメシ ヤマグリノ タイジュアオギテ ナニタノミヰル

『歌と随筆』(蒼明社 1948.9) 第3巻7号 p.16


10092
うす霧の夜の天体の靜けさも今宵乱るる思惟に甲斐なく
ウスギリノ ヨノテンタイノ シズケサモ コヨイミダルル シイニカイナク

『歌と随筆』(蒼明社 1948.9) 第3巻7号 p.16


10093
ものなべて懐疑に曇るこの頃を病ひと言ひて幾日こやりし
モノナベテ カイギニクモル コノゴロヲ ヤマヒトイヒテ イクヒコヤリシ

『歌と随筆』(蒼明社 1948.9) 第3巻7号 p.16


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いつの日に晴るゝ懐疑ぞなす事もなくて今年の春を逝かしむ
イツノヒニ ハルルカイギゾ ナスコトモ ナクテコトシノ ハルヲユカシム

『歌と随筆』(蒼明社 1948.9) 第3巻7号 p.16


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痛みやすき花一つ持つ草か吾よふるへて夜の野に吹かれゐる
イタミヤスキ ハナヒトツモツ クサカワレヨ フルヘテヨルノ ノニフカレヰル

『歌と随筆』(蒼明社 1948.9) 第3巻7号 p.16


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吾の生命を愛しむものとて窮極はあめつちに吾の外はなきものを
ワレノイノチヲ ヲシムモノトテ キュウキョクハ アメツチニワレノ ホカハナキモノヲ

『歌と随筆』(蒼明社 1948.9) 第3巻7号 p.16