回顧一年


10097
目ざめてはつなぐ夢かなかかる時ひくくせつなく春雨の降る
メザメテハ ツナグユメカナ カカルトキ ヒククセツナク ハルサメノフル

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10098
ふと觸れし君のをゆびの感觸に受けし動揺忘れかねつも
フトフレシ キミノヲユビノ カンショクニ ウケシドウヨウ ワスレカネツモ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10099
れんぎやうの花しだれ咲く夕暮れをしだれてなるかわが戀心
レンギヤウノ ハナシダレサク ユウグレヲ シダレテナルカ ワガコイゴコロ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10100
梅一輪背戸に咲きそめ夕されば又ひとつともすわが愛慕の灯
ウメイチリン セトニサキソメ ユウサレバ マタヒトツトモス ワガアイボノヒ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10101
肉親のきづなあやしくまつはりてわが華やぎを暗からしむる
ニクシンノ キヅナアヤシク マツハリテ ワガハナヤギヲ クラカラシムル

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10102
わが窓のヒヤシンス匂ふ宵なるを道暗ければ訪う人もなき
ワガマドノ ヒヤシンスニオフ ヨイナルヲ ミチクラケレバ トウヒトモナキ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10103
寂しくて花の山仰ぎ地をみつめ夕陽の土手を吾はたどりぬ
サビシクテ ハナノヤマアオギ チヲミツメ ユウヒノドテヲ ワレハタドリヌ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10104
春草のもえて青める山路來て疎林出でし時なみだこぼれたり
ハルクサノ モエテアオメル ヤマジキテ ソリンイデシトキ ナミダコボレタリ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10105
一つ歎きに何たゆたひてあるべきぞ夕陽眞赤く落行きにけり
ヒトツナゲキニ ナニタユタヒテ アルベキゾ ユウヒマツカク オチユキニケリ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10106
ぎりぎりに生きて一日の暮れつかた夕燒け雲は燃えてゐるなり
ギリギリニ イキテヒトヒノ クレツカタ ユウヤケグモハ モエテヰルナリ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10107
わが夫の生くる限りは生き遂げむわが命ここに意義定まりつ
ワガツマノ イクルカギリハ イキトゲム ワガイノチココニ イギサダマリツ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10108
下枝にほの咲く花も卑下を捨てて眞日に向ひて咲き誇るべし
シタエダニ ホノサクハナモ ヒゲヲステテ マヒニムカヒテ サキホコルベシ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10109
靜かなる幸福もある世ならめど波瀾に生くる身を悔いざらむ
シズカナル コウフクモアル ヨナラメド ハランニイクル ミヲクイザラム

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10110
個の嘆き言はざらむとす秋の日の道にこぼるる白萩のはな
コノナゲキ イハザラムトス アキノヒノ ミチニコボルル シラハギノハナ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10111
きららめくめをとの星とあらしめむ夫と吾とは勵みあひつつ
キララメク メヲトノホシト アラシメム ツマトワレトハ ハゲミアヒツツ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10112
論点は果てなき齟齬をくり返し夜更けて夫も疲れそめしや
ロンテンハ ハテナキソゴヲ クリカエシ ヨフケテツマモ ツカレソメシヤ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10113
春の夜の更けて明るき灯の下に笑みつつぞ吾ら論じつきなく
ハルノヨノ フケテアカルキ ヒノモトニ エミツツゾワレラ ロンジツキナク

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10114
江戸文學に感傷性は無しと言ひありと言ひ張り論果てぬ吾ら
エドブンガクニ カンショウセイハ ナシトイヒ アリトイヒハリ ロンハテヌワレラ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10115
向つ家の時計は一つ低く鳴り終へて新しき論據を吾は求めつ
ムカツヤノ トケイハヒトツ ヒククナリオヘテ アタラシキロンキョヲ ワレハモトメツ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10116
母ひとり遠國にをきて吾と生くる夫はひそかに淋しからずや
ハハヒトリ エンコクニヲキテ ワレトイクル ツマハヒソカニ サビシカラズヤ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10117
執すれば人はかなしも疑心とふわびし思ひも身に知りそめつ
シウスレバ ヒトハカナシモ ギシントフ ワビシオモヒモ ミニシリソメツ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10118
いささかの疑心なれどもはかなくて日暮れショパンを奏でてぞ見つ
イササカノ ギシンナレドモ ハカナクテ ヒグレショパンヲ カナデテゾミツ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


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人と人と相容れがたき性格はすべ無けれども泣く日もありぬ
ヒトトヒトト アイイレガタキ セイカクハ スベナケレドモ ナクヒモアリヌ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10120
幾たびか逆らひては泣く愚かさや妻はもだしてあるべけれども
イクタビカ サカラヒテハナク オロカサヤ ツマハモダシテ アルベケレドモ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10121
この家ゆのがれゆきても今宵よりすがるべく宿す面影もなし
コノイエユ ノガレユキテモ コヨイヨリ スガルベクヤドス オモカゲモナシ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


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次々に人を憎しみ昨夜遂に自己嫌惡まで至りつくしき
ツギツギニ ヒトヲニクシミ ヨベツイニ ジコケンオマデ イタリツクシキ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


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自己嫌惡よりぬけ出でなむと身悶えて眠れざりけり昨夜は夜すがら
ジコケンオ ヨリヌケイデナムト ミモダエテ ネムレザリケリ ヨベハヨスガラ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


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憤り烈しき時にふと見たる夫のひとみの悲しみの翳
イキドオリ ハゲシキトキニ フトミタル ツマノヒトミノ カナシミノカゲ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10125
憤り烈しかりしがいつのまか外の面は青き月夜となりぬ
イキドオリ ハゲシカリシガ イツノマカ トノモハアオキ ツキヨトナリヌ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


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愛燐の思ひ烈しき極まりに夫はげきして吾をなじるか
アイリンノ オモヒハゲシキ キワマリニ ツマハゲキシテ ワレヲナジルカ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10127
音もなくはぐくみ居らむ童身をみごもるに貧しき母なり吾は
オトモナク ハグクミイラム ドウシンヲ ミゴモルニマズシキ ハハナリワレハ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


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すべもなく涙せし朝のくりやべにひそかに覺えし胎動あはれ
スベモナク ナミダセシアサノ クリヤベニ ヒソカニオボエシ タイドウアハレ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


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激痛の呻きのまにも期して待つうぶごゑは無し遂に無かりき
ゲキツウノ ウメキノマニモ キシテマツ ウブゴヱハナシ ツイニナカリキ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


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相ともに生きがたかりし宿業に母を地上におきて逝きしか
アイトモニ イキガタカリシ シユクゴウニ ハハヲチジョウニ オキテユキシカ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


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現し世の乳の香一つ吸はずして寂しからずや吾兒のくちびる
ウツシヨノ チチノカヒトツ スハズシテ サビシカラズヤ アコノクチビル

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10132
若き父がひそかに吾兒にだかせやる赤き人形も吾を泣かしむ
ワカキチチガ ヒソカニアコニ ダカセヤル アカキニンギョウモ ワレヲナカシム

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10133
さびさびと墓山みちをゆくならむ吾兒の柩に雪よかかるな
サビサビト ハカヤマミチヲ ユクナラム アコノヒツギニ ユキヨカカルナ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10134
白衣着て淺く埋もれて墓山の吾兒寒からむと今宵寝らえず
ハクイキテ アサクウモレテ ハカヤマノ アコサムカラムト コヨイネラエズ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10135
夫に似し吾兒逝かしめてぼつ然と吾にめざめし母性ぞあはれ
ツマニニシ アコユカシメテ ボツゼント ワレニメザメシ ボセイゾアハレ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10136
父と母の夢なりがたき現し世を超えて吾兒は天がけりしか
チチトハハノ ユメナリガタキ ウツシヨヲ コエテアコハ アマガケリシカ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10137
病める日の窓はいつしか暮れそめて目あけては又閉づる思ひよ
ヤメルヒノ マドハイツシカ クレソメテ メアケテハマタ トヅルオモヒヨ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10138
まぼろしの君のかひなの虚しさに幾たびさめて吾やをののく
マボロシノ キミノカヒナノ ムナシサニ イクタビサメテ ワレヤヲノノク

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10139
病み衰へし乳房かなしくふるへつつ燃えつつ今宵君によりける
ヤミオトロヘシ チブサカナシク フルヘツツ モエツツコヨイ キミニヨリケル

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10140
身もたまも燃えて今宵を待ちにける病み妻吾や抱かれて泣く
ミモタマモ モエテコヨイヲ マチニケル ヤミヅマワレヤ イダカレテナク

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.11


10141
骨ばみし肩のへを君にさはらせてをんな心はうれしさに泣く
ホネバミシ カタノヘヲキミニ サハラセテ ヲンナゴコロハ ウレシサニナク

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.11


10142
重症三月よくぞ生き堪へしわが身よと春日あぶれば涙流るる
ジュウショウミツキ ヨクゾイキタヘシ ワガミヨト カスガアブレバ ナミダナガルル

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.11


10143
癒えそめの心樂しも野に出でゝ若菜つみつつ今日はひねもす
イエソメノ ココロタノシモ ノニイデテ ワカナツミツツ キョウハヒネモス

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.11


10144
みづ色の羽織着て君と歩む思ひに春の氣流のゆらめく日かも
ミヅイロノ ハオリキテキミト アユムオモヒニ ハルノキリュウノ ユラメクヒカモ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.11


10145
しのびやかな夜の氣流よ夫と吾と相寄る低き灯のゆれにけり
シノビヤカナ ヨルノキリュウヨ ツマトワト アイヨルヒクキ ヒノユレニケリ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.11


10146
夕ぐれは生くる戰ひもしばしやめて赤くとぼさむ二人寄る灯を
ユウグレハ イクルタタカヒモ シバシヤメテ アカクトボサム フタリヨルヒヲ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.11