秩父路


10316
合歓の花木梢に高くそよぎつつ秘かなるわが思慕をいざなふ
ネムノハナ コヌレニタカク ソヨギツツ ヒソカナルワガ シボヲイザナフ

『朱扇』(朱扇社 1951.8) 第3巻8号 p.2


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山霧を浴びて獨り佇つ高原にやりどなく虚無の思ひ湧きくる
ヤマギリヲ アビテヒトリタツ コウゲンニ ヤリドナクキョムノ オモヒワキクル

『朱扇』(朱扇社 1951.8) 第3巻8号 p.2


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微かに松の花粉こぼるる夕まぐれ又逢はむ日の思ほゆるなり
カスカニマツノ カフンコボルル ユウマグレ マタアハムヒノ オモホユルナリ

『朱扇』(朱扇社 1951.8) 第3巻8号 p.2


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防風林にひねもすけぶる霧の雨思ひ惑ひの斷ちがたきかも
ボウフウリンニ ヒネモスケブル キリノアメ オモヒマドヒノ タチガタキカモ

『朱扇』(朱扇社 1951.8) 第3巻8号 p.2


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女の死が解決となる小説をよみ終へぬ旅のやどりの夜の更けゆきて
オンナノシガ カイケツトナル ショウセツヲ ヨミオヘヌタビノヤドリノ ヨノフケユキテ

『朱扇』(朱扇社 1951.8) 第3巻8号 p.2


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あたたかき雨となりたる夜半さめて又おちゆくか一つ嘆きに
アタタカキ アメトナリタル ヨワサメテ マタオチユクカ ヒトツナゲキニ

『朱扇』(朱扇社 1951.8) 第3巻8号 p.2


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秘めもてる思ひは告げず別れ來て霧の中に聞く遠き汽笛を
ヒメモテル オモヒハツゲズ ワカレキテ キリノナカニキク トオキキテキヲ

『朱扇』(朱扇社 1951.8) 第3巻8号 p.2


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いつとなく疲れまどろむ夜の汽車に恣なる夢も顯ちつつ
イツトナク ツカレマドロム ヨノキシャニ ホシイママナル ユメモタチツツ

『朱扇』(朱扇社 1951.8) 第3巻8号 p.2