背後のこゑ


10616
ふたいろのルージユ日により使ひ分け殘る若さををしみつつ生く
フタイロノ ルージユヒニヨリ ツカヒワケ ノコルワカサヲ ヲシミツツイク

『短歌研究』(日本短歌社 1956.7) 第13巻7号 p.37


10617
せかさるるはわれにあらずや時間來て池のボートを呼び戻す聲
セカサルルハ ワレニアラズヤ ジカンキテ イケノボートヲ ヨビモドスコエ

『短歌研究』(日本短歌社 1956.7) 第13巻7号 p.37


10618
くらがりに何踏みて來しわが靴ぞ脱ぎ捨ててふりむけば光りぬ
クラガリニ ナニフミテコシ ワガクツゾ ヌギステテフリ ムケバヒカリヌ

『短歌研究』(日本短歌社 1956.7) 第13巻7号 p.37


10619
みづからはつひに光らぬ天體にたぐへて身を歎くことも久しも
ミヅカラハ ツヒニヒカラヌ テンタイニ タグヘテミヲナゲク コトモヒサシモ

『短歌研究』(日本短歌社 1956.7) 第13巻7号 p.37


10620
懀まれてゐると知り得て安らぐやヴアイオリンの胴を磨きてゐたり
ニクマレテ ヰルトシリエテ ヤスラグヤ ヴアイオリンノドウヲ ミガキテヰタリ

『短歌研究』(日本短歌社 1956.7) 第13巻7号 p.38


10621
窓ガラスのくもり拭きつつひとりなり夜汽車に碓氷越え行かむとす
マドガラスノ クモリフキツツ ヒトリナリ ヨギシャニウスヒ コエユカムトス

『短歌研究』(日本短歌社 1956.7) 第13巻7号 p.38


10622
楤も未だ芽吹かぬ道を幾曲りわれをいづこに連れ去るやバスは
タラモイマダ メブカヌミチヲ イクマガリ ワレヲイヅコニツレ サルヤバスハ

『短歌研究』(日本短歌社 1956.7) 第13巻7号 p.38


10623
われを呑まむ渦かと怖れ見し波紋一瞬にしてあとかたもなし
ワレヲノマム ウズカトオソレ ミシハモン イッシュンニシテ アトカタモナシ

『短歌研究』(日本短歌社 1956.7) 第13巻7号 p.38


10624
少しづつずらし來て今の平衡ぞ湖の水の落ちてゆく音
スコシヅツ ズラシキテイマノ ヘイコウゾ ミズウミノミズノ オチテユクオト

『短歌研究』(日本短歌社 1956.7) 第13巻7号 p.38


10625
凍るとも解くるともなし澤ふかく殘れる雲の幾かたまりは
コオルトモ トクルトモナシ サワフカク ノコレルクモノ イクカタマリハ

『短歌研究』(日本短歌社 1956.7) 第13巻7号 p.38


10626
尾けられてゐるごとくまたふり返り自轉車の灯に照らし出されつ
ツケラレテ ヰルゴトクマタ フリカエリ ジテンシャノヒニ テラシダサレツ

『短歌研究』(日本短歌社 1956.7) 第13巻7号 p.38


10627
そむかれしわれよりも苦しみ深からむ夫とひそかに思ひ暮しつ
ソムカレシ ワレヨリモクルシミ フカカラム ツマトヒソカニ オモヒクラシツ

『短歌研究』(日本短歌社 1956.7) 第13巻7号 p.38


10628
いつ死ぬか知れねば日記も書けずと言ふ君の枕べに花活けて去る
イツシヌカ シレネバニッキモ カケズトイフ キミノマクラベニ ハナイケテサル

『短歌研究』(日本短歌社 1956.7) 第13巻7号 p.39


10629
ガラス透かしてのみ空を見る日々過ぎて海へ行かむといふ便り讀む
ガラススカシテ ノミソラヲミル ヒビスギテ ウミヘユカムト イフタヨリヨム

『短歌研究』(日本短歌社 1956.7) 第13巻7号 p.39


10630
夢の中といへども髪をふりみだし人を追ひぬきながく忘れず
ユメノナカ トイヘドモカミヲ フリミダシ ヒトヲオヒヌキ ナガクワスレズ

『短歌研究』(日本短歌社 1956.7) 第13巻7号 p.39


10631
ぬきんでて如何に照るやと戀ほしけれかの塔を月下に見たることなし
ヌキンデテ イカニテルヤト コホシケレ カノトウヲゲッカニ ミタルコトナシ

『短歌研究』(日本短歌社 1956.7) 第13巻7号 p.39


10632
白い花はみんな匂ふさと背後の聲手打らむとして立ち竦みたり
シロイハナハ ミンナニオフサト ハイゴノコエ タヲラムトシテ タチスクミタリ

『短歌研究』(日本短歌社 1956.7) 第13巻7号 p.39


10633
「叩いても鳴らぬキイもつ人」と書き日記閉づればやや安らぎぬ
タタイテモ ナラヌキイモツ ヒトトカキ ニッキトヅレバ ヤヤヤスラギヌ

『短歌研究』(日本短歌社 1956.7) 第13巻7号 p.39


10634
事務室と部屋とをゆききするのみの日々に戀ふ海に續ける牧場
ジムシツト ヘヤトヲユキキ スルノミノ ヒビニコフウミニ ツヅケルマキバ

『短歌研究』(日本短歌社 1956.7) 第13巻7号 p.39


10635
終バスの通りて久しどの店も仕舞ひて星夜の道となりゐむ
シュウバスノ トオリテヒサシ ドノミセモ シマイテセイヤノ ミチトナリヰム

『短歌研究』(日本短歌社 1956.7) 第13巻7号 p.39