船のゆくへ


10711
贈らるる指環のサイズ告げやれど草抜きて日々に荒れゆくわが手
オクラルル ユビワノサイズ ツゲヤレド クサヌキテヒビニ アレユクワガテ

『短歌』(角川書店 1962.11) 第9巻11号 p.142


10712
月光のかけらの如き硝子屑落ち葉焚く火に掃き寄せてゆく
ゲッコウノ カケラノゴトキ ガラスクズ オチバタクヒニ ハキヨセテユク

『短歌』(角川書店 1962.11) 第9巻11号 p.142


10713
メトロノームにせかされてゐし時の間に花氷の船は溶けて跡なし
メトロノームニ セカサレテヰシ トキノマニ ハナゴオリノフネハ トケテアトナシ

『短歌』(角川書店 1962.11) 第9巻11号 p.142


10714
前の世に別れしままの夫のごと雨の夜更けのまなうらに来る
マエノヨニ ワカレシママノ ツマノゴト アメノヨフケノ マナウラニクル

『短歌』(角川書店 1962.11) 第9巻11号 p.142


10715
遠き日の訣別に似てきれぎれに科白を洩らしゐる映画館
トオキヒノ ケツベツニニテ キレギレニ セリフヲモラシ ヰルエイガカン

『短歌』(角川書店 1962.11) 第9巻11号 p.142


10716
亡き母がくちずさみゐし数え唄古毛糸つなぐをりふしに恋ふ
ナキハハガ クチズサミヰシ カゾエウタ フルケイトツナグ ヲリフシニコフ

『短歌』(角川書店 1962.11) 第9巻11号 p.143


10717
遺されし象牙の印もいつしかに用失ひて過ぎし年月
ノコサレシ ゾウゲノインモ イツシカニ ヨウウシナヒテ スギシトシツキ

『短歌』(角川書店 1962.11) 第9巻11号 p.143


10718
みづからの重みに形撓みたるゼリーも一夜ありて凍らむ
ミヅカラノ オモミニカタチ タワミタル ゼリーモヒトヨ アリテコオラム

『短歌』(角川書店 1962.11) 第9巻11号 p.143


10719
十年を経てわが家に残りゐる男物の傘いつまた開く
ジュウネンヲ ヘテワガイエニ ノコリヰル オトコモノノカサ イツマタヒラク

『短歌』(角川書店 1962.11) 第9巻11号 p.143


10720
叩きても鳴らぬ鍵盤の夢などに焦れつつ耳を病む幾夜あり
タタキテモ ナラヌケンバンノ ユメナドニ ジレツツミミヲ ヤムイクヨアリ

『短歌』(角川書店 1962.11) 第9巻11号 p.143


10721
額縁の中の坂道をりをりにわが呼びよせし人を歩ます
ガクブチノ ナカノサカミチ ヲリヲリニ ワガヨビヨセシ ヒトヲアユマス

『短歌』(角川書店 1962.11) 第9巻11号 p.143


10722
等身の古鏡置くわれの部屋次第に亡き母に似つつ太らむ
トウシンノ フルカガミオク ワレノヘヤ シダイニナキハハニ ニツツフトラム

『短歌』(角川書店 1962.11) 第9巻11号 p.143