雲の地図


10723
襟あしの荒れたる感じ身に残る楡の梢の風凪ぐときに
エリアシノ アレタルカンジ ミニノコル ニレノコズエノ カゼナグトキニ

『短歌研究』(短歌研究社 1972.3) 第19巻3号 p.134


10724
うづくまるいづこもわれの流刑地草抜けば草の臭ひがのぼる
ウヅクマル イヅコモワレノ リュウケイチ クサヌケバクサノ ニオヒガノボル

『短歌研究』(短歌研究社 1972.3) 第19巻3号 p.134


10725
地に低く視線向く日とさびしみて枇杷の花散るところを過ぎぬ
チニヒクク シセンムクヒト サビシミテ ビワノハナチル トコロヲスギヌ

『短歌研究』(短歌研究社 1972.3) 第19巻3号 p.134


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蝉殻に残る筈なき生きもののほてりを呼びててのひらに乗す
セミガラニ ノコルハズナキ イキモノノ ホテリヲヨビテ テノヒラニノス

『短歌研究』(短歌研究社 1972.3) 第19巻3号 p.134


10727
気づかれぬやうに通りぬさわだちて人々の寄る橋のかたはら
キヅカレヌ ヤウニトオリヌ サワダチテ ヒトビトノヨル ハシノカタハラ

『短歌研究』(短歌研究社 1972.3) 第19巻3号 p.134


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硝子戸にまばらにあたる雨の音死にたる魚は鱗しづけし
ガラスドニ マバラニアタル アメノオト シニタルウオハ ウロコシヅケシ

『短歌研究』(短歌研究社 1972.3) 第19巻3号 p.134


10729
家にゐて職場に在りてわが思ひ不意に短く喘ぐことあり
イエニヰテ ショクバニアリテ ワガオモヒ フイニミジカク アエグコトアリ

『短歌研究』(短歌研究社 1972.3) 第19巻3号 p.135


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口径のかすかに一つ一つ違ふカットグラスを並べゆくとき
コウケイノ カスカニヒトツ ヒトツチガフ カットグラスヲ ナラベユクトキ

『短歌研究』(短歌研究社 1972.3) 第19巻3号 p.135


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遠き雲の地図を探さむこの町をのがれむといふ妹のため
トオキクモノ チズヲサガサム コノマチヲ ノガレムトイフ イモウトノタメ

『短歌研究』(短歌研究社 1972.3) 第19巻3号 p.135


10732
ひび入りの卵割りたる音の下思はぬ明るさに黄味の飛び出づ
ヒビイリノ タマゴワリタル オトノシタ オモハヌアカルサニ キミノトビイヅ

『短歌研究』(短歌研究社 1972.3) 第19巻3号 p.135


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犬と歩みくまぐまを知れる川はらに今朝はまだらに雪の積もれる
イヌトアユミ クマグマヲシレル カワハラニ ケサハマダラニ ユキノツモレル

『短歌研究』(短歌研究社 1972.3) 第19巻3号 p.135


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噴水に遠くはなれし池のはた動かぬ水は雲を映せり
フンスイニ トオクハナレシ イケノハタ ウゴカヌミズハ クモヲウツセリ

『短歌研究』(短歌研究社 1972.3) 第19巻3号 p.135


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よりどなく風に揉まれゐし糸杉の大き影なす陽の入りぎはに
ヨリドナク カゼニモマレヰシ イトスギノ オオキカゲナス ヒノイリギハニ

『短歌研究』(短歌研究社 1972.3) 第19巻3号 p.135


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剥製のやうに目ばかり光らせて夜をゐるわれは何のけものか
ハクセイノ ヤウニメバカリ ヒカラセテ ヨヲヰルワレハ ナンノケモノカ

『短歌研究』(短歌研究社 1972.3) 第19巻3号 p.135


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忘れたるころに一つづつ咲く薔薇を思ひやさしくなりて眠りつ
ワスレタル コロニヒトツヅツ サクバラヲ オモヒヤサシク ナリテネムリツ

『短歌研究』(短歌研究社 1972.3) 第19巻3号 p.135