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「短歌講座」
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昭和57年10月5日
②A
別画面で音声が再生できます。
大西 26番も今度来れないとおっしゃいますから。
A- 24番を。
大西 24番ですか。それじゃ、『砂踏みし』の歌の方ですか。
A- いえ、そうじゃない(####@00:00:20)。
大西 あ、そうなんですか。
A- (####@00:26)。
大西 そうですか、24番ですか。24番の歌。『留めおけぬ思いにかけしも静かなる拒絶のごとし留守番電話』『留めおけぬ思いにかけしも静かなる拒絶のごとし留守番電話』。心の中に留めておけないという思いで、電話をせっかくかけたんだけれども、留守番電話が鳴って、まるで拒絶されたような思いがしたという歌ですね。その拒絶も、留守番電話ですから、『静かなる拒絶のごとし』と歌っていて、思いあまってかけた電話なのに相手がいなくて留守番電話。「ただいま留守でございますので承っておきます」とかなんとかいう声が聞こえてくるわけでしょう。その留守番電話が鳴ったので、『静かなる拒絶のごとし』と作者は思ったという歌だと思います。よくできていますね。留めおけぬは、「おく」というのは普通の「お」でございます。この下の「を」ではなくて、あいうえおの「おく」という字をね。留めておけない、とどめがたい思いでやっとかけた電話だったんだけれど、静かに拒絶されたような思いがして留守番電話が鳴ったという歌で、別に拒絶されたわけでもないんだけれど、たまたま相手がいなくて留守番電話が鳴ったということで、作者の失望した感じが出ているんだと思います。拒絶されたような思いを味わって、留守番電話を聞いたということです。これはこれでよろしいでしょう。静かなる拒絶のごとしはうまいです。
それでは、27番。『初めての講座受けるに指折りて言葉探しに汗だくになる』『初めての講座受けるに指折りて言葉探しに汗だくになる』。非常に正直に歌っていらっしゃるんでほほ笑ましくなりますね。初めて短歌講座、この講座のことでしょうか、初めて講座を受けるというので、五七五七七と指を折って数えて言葉を探していて、汗だくになってしまった。ご苦労さまでしたということですね。正直でいいですよ。こういうところからまず始まって、この方の歌の道が始まるわけです。スタートの歌ですね。これからいよいよスタートという歌でございますので、こういう歌い方でよろしいのです。
私が指を折って言葉を数えて歌を作ったのは、女学校の1年生のときでした。ですから12、3のときですね。だからそれから45、6年歌を作り続けているわけで、今は指を折らなくても大丈夫になりました。それでだんだん、そうですね、半年もすれば指を折って数えなくても、五七五七七と並ぶようになるんですけれど、初めのうちはどうしても数えて、指を折って数えなければなりません。私、思い出すんですけれど、女学校の1年生のときに講堂に集まって、誰か偉い人のお話があったんですね。私はね、それを聞かないでね、指を折ってたの、こうやって。そうして先生に叱られた、「何やってるんだ」。「歌を作っているんです」って言って、後でうんと叱られたんですけど、そんな思い出があります。だから指を折るっていうことは、誰でも初心のときにはやることですので、恥ずかしいことでも何でもありません。五七五七七という歌の形は、万葉集以前からあって、日本人にはごく親しまれている語調なので、覚えてしまえば自然にできます。私は妹と2人で暮らしていたとき、よく歌の形で会話をしていました。「ただいまと呼ばれてくる妹のきょうは何やらおかしな顔す」とかなんとかね。そうやって妹とよく会話を歌でやってたんですけども、自然に出てくるようになりますの。それで大丈夫なんですけれど、初めの2、3カ月は指を折ってきちっと、五七五七七になるように数えていらっしゃるのがようございます。
この方は、本当に、初めて受ける喜びと不安とが織り交じって歌われていますね。言葉探しに汗だくになるっていうのは本当に正直でございます。ちょうど、たまたま暑い夜でもあったのかな。それで、初めての講座受けるにっていうのは口語です。受けるのにという意味ですね。もし、文語できちんとしたければ、受くるにとなるし、受けん、受けたり、受く、受くるとき、受くればと活用する下二段の動詞ですので、受くるにとなる、文語でするのにはね。そうでなければ、受けんと、受けんにとなる。受けんにでもいい。受けんにというときは、「ん」は未来の言葉ですね。受けようとして、ということになるし、受くるにだと受けようとして、同じ言葉ですけど、意味になりますけども、初めての講座受くるにとか、初めての講座受けんにとか、そして文語にすることはできます。
ただ、その文語と口語も今は非常に入り混じって、言葉が乱れている時代というか、変わっていく境目にあたっているんですね。ですから字引もよく見ませんと、新しい字引では変わっていることが多いんです。一つの例をこの間の座談会でお話聞いてきたんですけれども、あなたっていう言葉。テレビでもやっていましたので、ご覧になった方がいるかもしれないけども、あなたっていうのは、貴い方と書く。貴い方、そうでしょう。貴方と書くでしょう。貴い方と書くから、昔はあなたっていうのは本当に相手をあがめて言う言葉だったんです。今でもやっぱりご主人のことをあなたと呼んで、貴んで呼ぶことが多いんですけれど、今はもうあなたというのは目下の人にも使うんだそうです。それで広辞苑も少し書き直っているんですけれど、辞書も古い辞書ですとそこまで書いてないです。今はあなたっていうのは対等な人に使うと、いうようなふうに、言葉が変化してきているんですね。
そして、昔は自分の恋しい人のことを、君って歌いました。わが君のって歌いましたけれど、今、君っていうのは子どものことを言うことが多いそうです。歌に表れて、おい君。子どものことに歌うことが多くて。そして夫婦の間で、わが夫(つま)のとかいうこともだんだん少なくなってきて、夫婦は平等でございますから、お互いに汝だそうです、汝れ。というふうに変わってきておりますね、言葉の使い方が。ですから若い人が、ある懸賞の作品を選んでいたときに、自分の配偶者のことを汝れ、汝れと歌った歌が出てきたんです。それで、この作者は多分妻を、奥さんを汝れと呼んでいるんだろうと思って読んでいったら、途中からどうも様子が違うんですね。それで、もしかするとこの人は女かもしれないということになったんです。作者が隠されて選考してますから分からなくて読んでいったら、やっぱりその人は女だったですね。女の人が自分の夫を指して、汝れと呼ぶわけです。特に年下の夫の場合はそうだそうですけれど、呼び方まで違ってきてますからね。だから油断していられないんです。刻々に言葉は変わってきている。だからご主人を呼ぶときも敬意を込めてあなたとお呼びください。でないと目下に聞こえて、そういう言葉が変化している時代ですから、昔は自分の上の課長さんに向かったりするときも、「課長さん、あなたはどうお考えですか」なんて、私なんか言えたんです。でも今は、目上の人には言ってはいけない言葉になりつつあるそうですね。そういうふうに言葉も100年単位ぐらいで昔から言葉が変化してきたんですが、今はもっと早いテンポで言葉が変化しているということです。ですから、昔の古い辞書を持っていると、ちょっと役に立たないことがございますので、なるべく新しい字引をお買いになって、机の上に置いて、歌を作っていらしてください。
B- 先生。
大西 はい。
B- お友だちに対してあなたっていうときに、貴い女って漢字の(####@00:10:13)。
大西 ありますね。だから私たちは、あなたと普段は尊敬して言っていますけども。
B- そういうときには、女って書いていいんですか。
大西 はい。貴女って書きますね。
B- (####@00:10:24)。
大西 これはどちらにも当てはまる。女と書けば、女の相手のときですね、貴女と。だから本当に油断していられないですね。学説もどんどん変わりますからね。昔は、私が学校で習ったときに、万葉集のアサガオっていう植物は、私が習ったときはムクゲだったんです。ムクゲの花は、万葉時代のアサガオだって教わりました。ところがその後、10年たったらムクゲはキキョウだっていうことになったんです。万葉集のアサガオはキキョウだっていうことになったんです。今では広辞苑を引きますと、アサガオって引きますと、今のキキョウのことと書いてあるんです。それぐらい、10年単位ぐらいでね、学説がどんどん変わっていきますから、油断していられない。私が習ったときはムクゲだったって言い張っても、もうだめなんです。だから時々ね、辞書で確かめたりしながら新しい知識を国語の上にも加えてまいりませんと、危険でございます。新しい辞書をなるべく買うということをお心がけください。何からそこまでいったかな。余談になりましたね。
それから、29番。『手作りを疎みて過ぎしがこのボレロ喜び着たり十五の乙女は』『手作りを疎みて過ぎしがこのボレロ喜び着たり十五の乙女は』。15歳になる少女。手作りなどというのを疎むですから、嫌うですね、嫌って過ごしてきたけれども、この作った、手作りのボレロだけは喜んで15の少女が着てくれました、という歌でしょうかね。『手作りを疎みて過ぎしがこのボレロ喜び着たり十五の乙女は』。大体既製服の時代になって、何でも作られたものが売られる時代になって、手作りの尊さなどというものが忘れられがちになっておりますけれども、そういう風潮の中でボレロ、袖なしのチョッキですかね、そういうものを縫ってあげたら、編んだのか縫ったのか分かりませんが、手作りのボレロを喜んで15の少女が着てくれましたという歌でしょう。これも愛情の溢れた優しい歌だと思います。『手作りを疎みて過ぎしがこのボレロ喜び着たり十五の乙女は』。これはよろしいでしょう。お孫さんかお子さんかは分かりませんが、その手作りのボレロを喜んで着てくれた。着てもらった作者の喜びっていうふうなものが歌われていると思います。
それから31番。『西に北に孫らそれぞれ旅にあり台風のニュース繰り返し聞く』『西に北に孫らそれぞれ旅にあり台風のニュース繰り返し聞く』。これは夏休みの終わり頃、夏休み頃ですか、台風が何度か襲いましたが、その頃に西のほうに行っている孫、北のほうに遊びに行っている孫、それぞれに旅行をしている孫たちが家を離れている。それぞれ旅にある、そういう孫たちの上に台風はどんな状況で進むのだろうかと思って、台風のニュースを繰り返し聞いておりましたという歌で、台風の惨害がそういう所に、孫の行っている所に及ばなければいいなと思って、心配しながら台風のニュースを繰り返して聞いている。そういうお孫さんを持ったおばあちゃまの歌でしょうかね。
C- 質問なんですけれど。
大西 はい。
C- そこで実際は北であっても、この字の語呂の都合で、西にとか東にこれを変えちゃってはいけないものなんでしょうか。北を東と変えたり、語呂がよければ適当に自分で変えちゃってはいけないものですか。実際行ってんのは北であれば、どこまでも北で(####@00:14:51)。
大西 いえ、それは、そうですね、フィクションということになるんですが、それをちょっと話しますか。
歌の技巧の中で、フィクションとかデフォルメとかいうことがあるんですけれども、真っ正直に、そのままあったとおり歌わなければならないとは限らないということです。私は若い頃に、木俣修という人の私は弟子でございますけれど、そして形成という結社に属しておりますけれど、あるときの全体が集まった大会のときに、「大西さんは歌でうそばっかりついている」と、「大西さんの歌はうそつきだ」っていう評判が立ったんです。そして私は木俣先生と並んで座っておりましたけれども、「大西さんはうそのことも作るんですか」って質問を会員から受けたんですね。木俣先生が「ほれ、しっかりやれ」と言われて、立ち上がって、私はどうしようと思ったけども、「私は、例えば旅先でうどんを食べたと。『うどん食べたり』と書くべきところなんだけれども、うどんではちょっと調子がよくないんで、『そばをすすりぬ』と。うどんを食べたけれども、そばをすすったと取り替えることぐらいはいたします。それがうそつきっていうならば、私はうそつきでございます」って答えたんですよね。そうしたら、隣に座っていた先生が「それでよし」とおっしゃった。だからその程度のうそはつけるということですね。
急に男が女になったり、子どものない人がお母さんになったりしては大変なんですけれども、その根本的なこと以外は、例えば村だったけれど町にしたりね、山だったけれど丘にしたりね、そのことぐらいは許されると思います。それから例えば、デフォルメっていうことですけれど、絵のほうでよく使うと思いますが、ピカソとかマチスとかの絵を見ていると、実際には在りもしないようなものが描かれているでしょう。それから、そんなに鼻が高いはずがないのに鼻が高い顔が表れたりする。そういう歪曲っていうんですが、デフォルメが歌の世界にも少しは通用いたします。
だから私の歌にあるんですけれど、『顔よりも大き向日葵咲きいたり』という歌なんですけれども、人間の顔よりも大きなヒマワリが花咲いていた。実際に見たから、見たって顔と比べるわけじゃないから分からないけれども、『顔よりも大き向日葵咲きいたり』っていうことは、デフォルメですね。実際よりも、もっと大きくヒマワリの花の大きな美しさを歌おうとして、『顔よりも大き向日葵』ということが出てくるわけですが、それはうそっていえばうそ、デフォルメっていえばデフォルメですけれども、それは絵の場合と同じように多少の、多少のっていうことだと思うんですけど、多少のことは許されるということは覚えていらしていいと思います。東だからどうしても東って歌わなくちゃならない、ということでもないと思いますね。ともかく、あちこちに孫たちが旅先に行っているということを歌うのであれば、多少、東でも西でもよろしいんじゃないんですか。
それから言葉の上で東のことを、ひんがしっていうでしょう。『ひんがしの野にかぎろいの立つ見えて』っていう歌がありますけれども、東という字はひんがしと読めるんで歌いやすいこともあるんです。東のほうにしたほうが、北でもね。そういうふうに、歌い方によってデフォルメしたり、フィクション使ったりしてもいいんじゃないですか。絵の世界ではよく、ここにビルがあるはずがないのにビルが建っていた絵があったりしますけれど、それは虚構、フィクションですね。そういうことも使って、歌を新しくしていかなければならないんだと思います。
あんまりありのままだったら、本当に毎日何もありませんね、私たちの生活。朝起きて歯を磨いて顔を洗ってご飯食べて、ちょっとお洗濯して。お洗濯したら乾いた、乾いたら畳む。そのうちお昼になった、お昼のご飯。面倒くさいけど食べよう。そして午後はちょっと昼寝でもしようかしらね。夕方になると家族が帰ってくるからご飯の支度。面倒くさいなと思いながらやる。片付けがもっと面倒くさい、だけどやらなくちゃなんない。そのうちにテレビが始まる、テレビも見たい。そんなもんでしょう、みんなどの人の生活も。だから事実をそのまま描いたらね、なんの変哲もない歌になるんですよね。だから少しデフォルメしてね、ちょっと熱が出たけれどたくさん出たように書いたりね、することがなければ、変化がないわけですね。だから歌に変化を付けるっていうことは、生活そのものを変化させるわけになかなかいきませんから、言葉で変化を付けていくっていうことが大事だと思いますね。
特に私などのように1人で暮らしていると何にもないですよ、周り見回したって、ぽかーんとした感じで。歌なんか何にも、材料ありません。それを探して歌うわけですよね。だからデフォルメ、フィクション、いろいろ使います。それをうそつきと言われればそれまで。うどんがそばになることぐらいはいくらでもありますから、ということですね。よろしゅうございますか、そんなところでございます。
それでは。何番だ、今度は。
A- (####@00:21:11)。
大西 33番。これは切実な歌ですね。『国鉄の値上げは響くとわれを訪(と)う娘の上京の間遠くなれり』『国鉄の値上げは響くとわれを訪う娘の上京の間遠くなれり』。国鉄で来ないと来れない所にいるのかな。私鉄は使えないらしい。国鉄が値上げされたのでとても響くのよといって、娘が上京するのが間遠になった。これは生活の実感がよく出ていていいですね。でも国鉄の値上げのせいにしてね、来たくないのかもしれないですよ、危ないですよ。「国鉄が値上げになったから、なかなか東京に行けないわ」というお嬢さんが、会いに来ることが間遠になったというのですね。嫁いだお嬢さんかな。これはこのとおり正直に歌ってらして、今の時代が出ていてよろしいですね。『国鉄の値上げは響くとわれを訪う娘の上京の間遠くなれり』。東京に来ると、与野へ寄ってくださるわけですね。
それから、35番。『幼らは二親そろいて育つ様父なく生きた祖母の祈りは』『幼らは二親そろいて育つ様父なく生きた祖母の祈りは』。幼い子どもたちは、お孫さんですね、お孫さんの2人は、幼い子どもたちは、二親がそろって育つようにと、お父さんなしに生きた祖母である私は祈っているのです、という歌でしょう。お父さんがなくて作者は生きた、育ってきた。だから孫の子どもたちは、二親がそろって育つようにと祈らずにいられない、という歌のようです。育つ様、ようと読めば意味が分かるようですね。『幼らは二親そろいて育つ様父なく生きた祖母の祈りは』。
そこで、育つ様父なく生きしですね、文語にするとね。生きたっていうのは、生きし。『父なく生きし祖母は祈りぬ』としましょうか。そして上のほうの幼らはというところを「の」にしましょうか、さっきの格助詞。『幼らの二親そろいて育つ様父なく生きし祖母は祈りぬ』、それで意味が通るようになりますでしょう。『幼らの二親そろいて育つ様父なく生きし祖母は祈りぬ』。祖母である自分は祈っている、幼い者たちは二親そろって育つように。父親がなくて育った、祖母である私は祈っているのです、という意味じゃないかなと思いますがね。そこを幼らはと上をしましたらば、祖母の祈りぬと下を「の」にする。『幼らは二親そろいて育つ様父なく生きし祖母の祈りぬ』。祖母はとすると「は」が二つ来ますでしょう。強い助詞が二つ来るから、どちらかを格助詞の「の」に取り換える。そのような工夫をすればよくなると思いますね。『幼らは二親そろいて育つ様父なく生きし祖母の祈りぬ』。祖母は祈れりでもいいですね。ともかく、お父さんがなくて片親で育った自分とすれば、幼い者たちは二親そろった中で育ってもらいたいと思っている、ということのようですね。父なく生きたっていうのは口語ですから、父なく生きしと文語に直す。それから育つ様っていうのを読みづらかったら、育つ様にと「に」を入れれば分かりよくなるかもしれないです。『幼らは二親そろいて育つ様に父なく生きし祖母の祈れり』。そんなふうにして調子を整えれば、おばあちゃんである作者の気持ちが通ると思います。
それから37番。『次々に白き水泡の生まれくる綱渡りせし』、綱をかな、『綱を渡せし』。二見が浦の夫婦岩のことなんじゃないかな、伊勢のね。『次々に白き水泡の生まれくる綱を渡せし夫婦岩の近く』。『次々に白き水泡の生まれくる』、水沫、水の泡ですから、みなわと読むかもしれません。『次々に白き水泡の生まれくる綱を渡せし夫婦岩の近く』。二見が浦をご覧になったときの歌でしょう。次々に白い水の泡が生まれてくる。あれは何ですか、綱を二つ渡してつないでありますね、夫婦岩。その近くで海を眺めていると、次々に白い水の泡が生まれてきて美しゅうございます、という歌でしょう。旅の歌ね。二見が浦の情景だと思います。綱をと入れれば、『綱を渡せし夫婦岩の近く』ということで意味が通ると思いますね。よろしゅうございますね。
39番。『御仏の御手に抱かれきょうまでのよわい永らえ年ぞありがたし』『御仏の御手に抱かれきょうまでのよわい永らえ年ぞありがたし』。これは長生きをなさっている方が、仏様に感謝するような気持ちで歌っていらっしゃると思います。仏様の手の上に抱かれたようにして、きょうまで無事に、『よわい永らえ』、年を長く生きてきたということは、本当にありがたいことだと、自分の長寿を感謝している歌で、これは敬虔でよろしいと思います。つつましく歌っていると思います。
41番。『点滴の後の冷たき夫(つま)の手をわが肌に寄せきょうも温む』『点滴の後の冷たき夫の手をわが肌に寄せきょうも温む』。これはしっかりと歌えていると思います。病気をして点滴を受けているご主人。その点滴の後もなかなか温まらないご主人の手を、自分の肌でもんでさすって、きょうも温めてあげましたという歌ですから、これはこれでよろしいでしょう。『点滴の後の冷たき夫の手をわが肌に寄せきょうも温む』。優しいご夫婦の様子が出ていると思いますね。
43番。『地境の諍い続く隣家より木犀の香り闇伝いくる』『地境の諍い続く隣家より木犀の香り闇伝いくる』。これもよくできた歌で、境界線をめぐって隣の家と争いが続いている。その隣の家は憎らしい家だけれども、モクセイの香りは闇を伝ってきていいわ、という歌ですね。でも正直に歌ってらしていいんじゃないですか。この、ごんべんに争うという字は、諍うという字で、口げんかのことですね、口げんかのこと。諍いだから。ごんべんを取ってしまうと、今度は殴り合ってもいいわけ、争う。だから、まあ、口げんかなんでしょうね、隣とはね。まだ殴り合ってないんじゃないかな。その境界線をめぐって争いが起こっている隣なんだけれど、モクセイの香りが闇の中でにおってきていいです、という歌ですね。『木犀の香り闇伝いくる』。そこで、さっきの「は」っていう言葉は大変強い助詞だと申しましたけれど、ここのところで木犀の香はとしてもいいと思う。『地境の諍い続く隣家より木犀の香は闇伝いくる』。そうすると憎らしいんだけれどもモクセイの香りだけは、という強さが出てくるの、ね。『地境の諍い続く隣家より木犀の香は闇伝いくる』で、「は」っていう言葉の大きさが分かると思います。