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目次
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第一編 人物誌
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第三章 爛熟期(大阪陣より明治維新迄)
(二九二)村山又兵衞
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【堺の人又左衞門の長男】又兵衞は堺の人、村山又左衞門の長男で、江戸の
村山座
主又三郞の兄に當る。(東都劇場沿革誌)後名を
平右衞門
と改めた。京都に於て、【京都演劇興行の鼻祖】芝居興行を出願し、承應二年三月許されて、歌舞伎にまね盡しを上場した。これ京都に於ける歌舞伎興行の始めと云はれてゐる。明曆二年四條河原中ノ島に興行を續け、其後興行地を四條繩手上るところへ移した。其子又
平右衞門
を襲ひ、俳優坂田藤十郞に用ひられ演技をよくし、後江戸に下つて、名聲を博した。(新撰古今役者大全)