[標題紙]

口絵

第三回配本にあたって

編集にあたって

凡例

新札幌市史 第一巻 通史一/総目次

第一編 札幌の自然史

第一章 地形の特性

第一節 北西―南西部の山地

札幌市の地質学的位置

遠景の山々

近景の山々

第二節 東部の丘陵地と台地

台地の区分

西岡台地

月寒台地

清田台地

厚別台地

滝野丘陵

野幌丘陵

第三節 扇状地と河岸段丘

札幌扇状地

琴似川扇状地

発寒川扇状地

山麓緩斜面・崖錐

河岸段丘

第四節 北部の平野

石狩海岸平野

石狩海岸砂丘

花畔砂堤列地帯

紅葉山砂丘

後背低地

【主要参考文献・史料】

第二章 山地の生いたち

第一節 山地の基盤

新第三紀の地殻変動

グリーンタフ変動以前の古陸域

第二節 グリーンタフ変動とその産物

地層区分

定山渓層群

豊羽層群

豊羽鉱山と手稲鉱山

定山渓温泉と石英斑岩

砥山層群

硬石山と八剣山

西野層

鮮新世―更新世の火山活動

手稲山

朝里岳と余市岳

天狗岳と小天狗岳

空沼岳・狭薄山・札幌岳

藻岩山

円山

三角山

藤野付近の山々

第三節 新第三紀の地史

大海進

海底の陸化

【主要参考文献・史料】

第三章 野幌丘陵の地層

第一節 野幌丘陵の土台

前・中期更新世

裏の沢層

下野幌層

二つの地層の構造

第二節 下野幌層の動・植物化石

貝化石群

哺乳動物化石群

花粉化石

第三節 音江別川層と竹山礫層

地層の特性

音江別川層の動・植物化石群

第四節 前・中期更新世の地史

裏の沢期

下野幌期

地殻運動期

音江別川期

竹山期

【主要参考文献・史料】

第四章 台地と扇状地

第一節 最終間氷期の地層

後期更新世

もみじ台の地質

分布と堆積時期

最終間氷期の古地理

第二節 最終氷期の堆積物

小野幌層

月寒粘土層

支笏火山の活動

噴出物の種類

降下軽石堆積物

軽石流堆積物

札幌軟石

軽石流の分布

埋められた大地

焼きつくされた森林

元野幌粘土層

江別砂層

厚別砂礫層

河岸段丘堆積物

第三節 扇状地堆積物

札幌扇状地の特性

扇状地堆積物

扇状地の成因

札幌扇状地

発寒川扇状地

第四節 埋積された台地

最終亜氷期の石狩海岸平野

石狩湾の海底泥炭

埋没古三角州堆積物

三ベッドの特性

第五節 最終氷期の地史

前期

中期

後期

旧石器人の到来

末期

【主要参考文献・史料】

第五章 石狩海岸平野の形成

第一節 沖積海進初期の堆積物

谷を埋めた堆積物

下部西浜層の泥炭層

内湾の黒い泥

第二節 前田砂層と紅葉山砂礫相

前田砂層

紅葉山砂礫相

第三節 海岸および後背低地の堆積物

花畔砂層

石狩砂丘成層

後背低地の堆積物

東部地域の泥炭地

古豊平川にまつわる泥炭地

西部地域の泥炭地

泥炭地の地盤沈下

第四節 完新世の地史と古気候

古石狩湾期(一万年~七〇〇〇年前)

紅葉山砂礫州の形成期(七〇〇〇年~五〇〇〇年前)

完新世の冷涼期(五〇〇〇年~四〇〇〇年前)

泥炭地形成期(四〇〇〇年前~現在)

【主要参考文献・史料】

第二編 先史の札幌

第一章 北海道の先史文化

第一節 氷河期の北海道

旧石器文化の到来

第二節 旧石器文化と北海道

時期区分

遺跡と遺物

第三節 縄文時代の文化

一 土器の出現

土器の発明

時期区分

二 早期の文化

早期前半の文化

早期後半の文化

札幌の早期遺跡

三 前期の文化

前期の土器

札幌の前期遺跡

四 中期の文化

中期の土器

札幌の中期遺跡とTピット

五 後期の文化

冷涼な時代

後期の土器

共同墓地の造営

札幌の後期遺跡

六 晩期の文化

東と西の文化圏

道南西部の亀ヶ岡式系土器

道央部のタンネトウL式土器

道東北部のヌサマイ式土器

緑ヶ岡式土器

札幌の晩期遺跡

第四節 続縄文時代の文化

弥生文化の北進

続縄文文化

北大式土器

文化の複合

札幌の続縄文時代遺跡

第五節 擦文時代の文化

本州勢力の北進

擦文土器と文化

札幌の擦文時代遺跡

第六節 オホーツク文化

オホーツク文化と土器

住居跡と信仰

第七節 擦文時代以降の文化

土器の消滅

【主要参考文献・史料】

第二章 旧石器時代

第一節 北海道の旧石器文化

二万年代の文化

石刃石器群

前半期の文化

後半期の文化

細石刃技法

第二節 札幌の旧石器文化

遺跡と資料

◇S三五四遺跡 (白石区本通一丁目南一四 図2-1、2)

◇T四六四、T四六六遺跡 (豊平区羊ケ丘一番地 図2-3、4)

◇T一五一遺跡 (豊平区月寒東三条一一丁目 図2-5、6)

石器の実年代

【主要参考文献・史料】

第三章 縄文時代

第一節 早期・前期

一 遺跡の分布

遺跡の立地

◇野幌丘陵

◇月寒台地

◇発寒川扇状地

野幌丘陵の遺跡

◇S二四二遺跡(白石区厚別東四条四丁目)

◇S一五三遺跡(白石区厚別東三条二丁目)

◇S二三七遺跡(白石区厚別東二条一丁目)

◇S二五六遺跡(白石区上野幌八一五番地他)

◇S二六七・二六八遺跡(白石区大谷地九五六番地他)

◇S二六五遺跡(白石区大谷地六七七番地他)

◇S四一一遺跡(白石区大谷地八八二番地他)

月寒台地の遺跡

◇T七七遺跡(豊平区西岡五条二丁目)

◇T二一〇遺跡(豊平区西岡五条一三丁目)

◇T二八一遺跡(豊平区月寒東四条一九丁目)

◇T四六四遺跡(豊平区羊ヶ丘一番地他)

◇T四六五遺跡(豊平区羊ヶ丘一番地他)

◇T四六六遺跡(豊平区羊ヶ丘一番地他)

◇T四六七遺跡(豊平区羊ヶ丘一番地他)

◇T二三三遺跡(豊平区西岡二条一二、一三丁目)

◇T一五一遺跡(豊平区月寒東三条一一丁目)

豊平川扇状地の遺跡

◇T三一〇遺跡(豊平区平岸五条一一丁目・通称平岸坊主山)

◇T七六遺跡(豊平区平岸四条一一丁目)

石山・藻岩山麓の遺跡

◇M六七遺跡(南区石山五六一番地他)

発寒川流域の遺跡

◇N一八遺跡(西区発寒一〇条四丁目)

◇N一二遺跡(西区発寒九条一〇丁目)

二 遺構

竪穴住居跡

◇第一号竪穴住居跡

◇第一号竪穴住居跡状遺構

◇第二号竪穴住居跡状遺構

墓跡

◇第一号ピット

◇第二号ピット

三 土器・石器

早期の土器

前期の土器

早期の石器

前期の石器

四 石刃鏃文化

石刃鏃文化とは

伴出土器

札幌の石刃鏃文化

五 小括

早期前半の文化

早期後半の文化

前期の文化

第二節 中期

一 遺跡の分布

縄文文化の爛熟期

遺跡の立地と地形

紅葉山砂丘

◇N二九三、N三〇九遺跡 (西区前田九条一〇丁目、一〇条一〇丁目)

◇N二九五遺跡 (西区手稲前田三三五番地)

野幌・月寒丘陵

◇白石神社遺跡 (S九四遺跡、白石区本通一四丁目)

◇S二六七・二六八遺跡 (白石区大谷地六七〇番地他)

◇S二六五、S二六三・二六二、S二六九遺跡 (白石区大谷地六七七、八七八番地他)

◇S二五五遺跡 (白石区厚別町上野幌八七六番地他)

◇T四六四遺跡 (豊平区羊ヶ丘一番地)

◇T一五一遺跡 (豊平区月寒東五条一三丁目、同区月寒東三条一一丁目)

◇平岸坊主山遺跡 (T三一〇遺跡、豊平区平岸五条九丁目)

◇平岸天神山遺跡 (T七一遺跡、豊平区平岸一条一六丁目)

その他の地域

◇M六七遺跡 (南区石山五六一番地他)

二 遺構

住居跡

市内の住居跡

土壙

市内の土壙

三 土器・石器

土器群の分類

市内の土器

石器群

四 溝状遺溝(Tピット)

遺構の特徴

立地と配列

シカの陥し穴

五 小括

遺跡数の減少

中期から後期へ

第三節 後期

一 遺跡の分布

後期の遺跡

五つの遺跡群

遺跡の減少と気候

西区の遺跡

◇手稲遺跡 (N一遺跡 西区手稲前田五二四―一九)

◇N二九五遺跡 (西区手稲前田三三五番地)

◇手稲砂山遺跡 (N一五六遺跡 西区手稲前田五二三番地)

◇N一九遺跡 (西区発寒一一条三丁目)

白石区の遺跡

◇S二二九遺跡 (白石区北郷四条三丁目)

◇白石神社遺跡 (S九四遺跡)

◇S三五四遺跡 (白石区本通一丁目南一四)

豊平区の遺跡

◇T四六八遺跡 (豊平区羊ヶ丘一番地)

◇T三六一遺跡 (豊平区里塚三七五番地)

二 遺構

住居跡と集落

後期の墓

環状列石と周堤墓

墓制の変遷

三 土器・石器

後期土器の特徴

市内の土器

土器の分布圏

後期の石器

その他の遺物

四 小括

重要遺跡の消滅

加曽利様式圏の拡大

第四節 晩期

一 遺跡の分布

分布地域

遺跡の性格と立地

亀ヶ岡文化

西・北区の遺跡

◇N一九九遺跡 (西区西野二条八丁目)

◇北栄遺跡 (H三八遺跡、北区北三二条東五丁目)

白石区の遺跡

◇白石神社遺跡 (S九四遺跡)

◇S三五四遺跡

S二六七・二六八遺跡

◇S一五三遺跡 (白石区厚別東三条二丁目)

豊平区の遺跡

◇T一五一遺跡 (豊平区東月寒五条一三丁目)

◇T二一〇遺跡 (豊平区西岡五条一三丁目)

◇T四六六遺跡 (豊平区羊ヶ丘一番地)

二 遺構

住居跡

集落

晩期の墓

墓の特徴

札幌の墓壙と副葬品

三 土器・石器

晩期の土器

市内の土器

空白の時期

晩期の石器

その他の遺物

四 小括

晩期の問題点

晩期の様相

【主要参考文献・史料】

第四章 続縄文時代

第一節 概観

続縄文時代とは

生業と農耕

第二節 遺跡の分布

分布の範囲

野幌丘陵の遺跡

◇S一五三遺跡(白石区厚別東三条二丁目)

◇T三六一遺跡(豊平区里塚三七五他)

月寒台地の遺跡

◇白石神社遺跡=S九四遺跡 (白石区本通一三丁目北)

◇S三五四遺跡 (白石区本通一丁目南=旧白石村役場跡)

◇T一五一遺跡 (豊平区月寒東三条一一丁目)

◇T四六五遺跡 (豊平区羊ヶ丘一)

旧琴似川流域の遺跡

◇N一六二遺跡 (西区二十四軒二条四丁目)

◇K一三五遺跡 (北区北七条西四、五丁目=札幌駅北口)

◇K三九遺跡 (北海道大学構内)

発寒川扇状地の遺跡

◇N一九九遺跡 (西区西野五条一〇丁目)

紅葉山砂丘の遺跡

◇N二九五遺跡 (西区手稲前田三三五他)

◇K四八二遺跡 (北区新琴似・発寒川河川敷)

他地域の遺跡

第三節 遺構

竪穴住居跡

市内の竪穴住居

◇第二号竪穴住居跡

◇第三号竪穴住居跡

◇第四号竪穴住居跡

◇第五号竪穴住居跡

土壙墓

その他の遺構

第四節 土器・石器ほか

恵山式土器群

後北式土器群

北大式土器群

その他の土器群

続縄文時代の石器

装身具類

鉄器の普及

生産活動と鉄器

【主要参考文献・史料】

第五章 擦文時代

第一節 概観

擦文文化とは

擦文文化の形成

第二節 遺跡の分布

旧琴似川の遺跡群

北区の遺跡

◇K四四六遺跡 (北区麻生七丁目 図2)

◇K四四一遺跡 (北区北三三条西八、九丁目および同区北三四条西七丁目)

◇K四六〇遺跡 (北区北三一条西八、九丁目 図3)

◇K三六遺跡 (北区北二三条西一四丁目)

◇サクシュコトニ川遺跡 (K三九遺跡、北区北一七条西一三丁目 図4)

西・南区の遺跡

◇N一六二遺跡 (西区琴似二十四軒二条四丁目 図5)

◇M三五三遺跡 (南区石山一条九丁目 図6)

時期区分

第三節 遺構

竪穴住居

集落

北海道式古墳

第四節 土器

概観

早期・前期

◇擦文早期 (図5-2)

◇擦文前期 (図2・図3-1~8・図7-1~6)

中期・後期

◇擦文中期 (図3-9~16・図7-7~13)

◇擦文後期 (図6-1・図7-14~19)

晩期と終末年代

◇擦文晩期

第五節 技術と道具

紡錘車の出現

機織技術

鉄器の普及

第六節 生業

生業の諸相

農耕の出現

サケ漁

第七節 擦文文化とオホーツク文化―アイヌ文化への継承

オホーツク文化

オホーツク文化の起源と終末

アイヌ文化のルーツ

【主要参考文献・史料】

付章一 札幌の考古学研究史

第一節 明治・大正時代

札幌の研究史的位置

モースと北海道

渡瀬荘三郎

諸学会の成立

開拓の進展と遺跡の消滅

河野常吉の保存論

大正時代

第二節 昭和時代Ⅰ期(昭和元年~昭和二十年)

北海道式古墳

発寒神社遺跡の発掘

後藤寿一の分布調査

第三節 昭和時代Ⅱ期(昭和二十年~昭和五十年)

北大遺跡の調査

四遺跡の調査

『琴似町史』の遺跡調査

市域の分布調査

遺跡の地理学的考察

行政発掘と埋蔵文化財包蔵地

【主要参考文献・史料】

付章二 先史文化人の形質

第一節 日本の形質人類学

はじめに

エドワード・モース

小金井良精

清野謙次

長谷部言人

アイヌ起源論と日本人種論

第二節 北海道の古人骨発掘の歩み

モヨロ貝塚と江別の遺跡

大曲洞窟遺跡

最近の発掘調査

第三節 道南西部の古人骨

北黄金貝塚

入江貝塚と高砂貝塚

アイヌとの距離関係

続縄文時代人

縄文人から近世アイヌへ

第四節 道央・道東北部の古人骨

東釧路貝塚

大曲洞窟遺跡と船泊遺跡

山口敏の研究

第五節 オホーツク文化期の古人骨

モヨロ貝塚人

北方民族の系譜

第六節 札幌市内の古人骨

歯の発見

待たれる資料の発見

【主要参考文献・史料】

第三編 イシカリ場所の成立

第一章 松前藩成立以前の蝦夷地

第一節 渡島蝦夷

一 蝦夷の南下

五~七世紀の蝦夷(えみし)の動き

北越に柵戸を配す

二 律令国家と渡島蝦夷

阿倍臣の北征

エミシと粛愼

第二節 エミシからエゾへ

一 渡島蝦狄の朝貢

渡島蝦狄

渡島蝦狄の来貢と貢物

元慶の反乱

二 奥羽の諸豪族と渡島

安倍・清原氏と渡島蝦狄

胡国

エゾの呼称起こる

第三節 夷島

一 鎌倉幕府と夷島

東夷成敗権

津軽十三湊

二 アイヌ民族の成立

英雄詞曲「ユーカラ」を巡って

アイヌ社会の形成

【主要参考文献・史料】

第二章 松前藩の成立と蝦夷地

第一節 松前藩の成立過程

一 安東氏の動向と夷カ島

渡党

安東氏の渡島

道南館主の動向

二 蠣崎政権樹立

コシャマインの蜂起

蠣崎政権成る

三 松前藩の成立

豊臣秀吉の朱印状

徳川家康の黒印状

第二節 蝦夷地の支配体制

一 松前藩の支配機構

和人地と蝦夷地

商場知行

鳥屋場知行

二 イシカリ場所の開設

御手船の商場

商場ちよまかうた

【主要参考文献・史料】

第三章 蝦夷地支配体制の展開

第一節 シャクシャインの蜂起

一 アイヌ間の紛争

蜂起の起因

紛争の経緯

二 アイヌ蜂起

民族的蜂起

松前藩の反撃

第二節 紛争下のイシカリ

一 イシカリの大将ハウカセ

ハウカセの領域

ハウカセの行動

二 アイヌ支配の強化

起請文の事

紛争後のイシカリの首長

【主要参考文献・史料】

第四章 イシカリ十三場所の成立

第一節 商場知行から商場請負へ

一 イシカリの知行所持

知行所の宛行

鳥屋場から商場知行へ

二 秋味船請負

藩財政の窮乏

家臣の秋味船

商人の秋味船

第二節 場所請負制の成立と十三場所

一 享保・元文期

イシカリ「場所」と鮭

秋味の請負

十三場所と夏商

二 宝暦・明和・安永期

(1) 飛驒屋の場合

イシカリ山請負

場所請負へ

(2) 阿部屋の場合

阿部屋村山伝兵衛

「しやつほろ」夏商

(3) その他の場合

熊野屋菊池忠右衛門

南部屋浅間嘉右衛門

三 天明・寛政期

十三場所の変遷と請負人

商品流通にのった鮭

阿部屋の台頭と没落

【主要参考文献・史料】

第五章 幕府とイシカリ

第一節 幕府の蝦夷地政策

一 北辺の危機

ロシアの南下

開拓論・国防論

御救交易

二 東蝦夷地の直轄

寛政十年蝦夷地調査

直轄と経営方針

蝦夷地警備と「在住」の任用

第二節 西蝦夷地の直轄とイシカリ

一 文化三年の西蝦夷地調査

調査の目的

調査の概要

東寗元稹のみたイシカリ

最上徳内のイシカリ探検

二 西蝦夷地の直轄と警備

直轄の実態

カラフト・千島襲撃事件

蝦夷地見回りとイシカリ場所

【主要参考文献・史料】

第六章 イシカリ場所の展開と漁業権紛争

第一節 イシカリ場所の展開

一 変わる漁法と生産

請負方式の変化

網漁法の導入と塩引鮭

十三場所の出産物

二 集約されるアイヌの人びと

十三場所の人口把握

集約化されるアイヌ労働

疱瘡の犠牲

第二節 イザリ・ムイザリ漁業権紛争

一 アイヌの漁業権の慣習

『土人由来記』

産物の流通

イシカリアイヌの入会権

二 漁業権紛争の発端

東蝦夷地の仮直轄

ウライの没収と出漁禁止

上ツイシカリアイヌの離散

三 アイヌの訴願から収拾へ

第一回訴願

第二回訴願

上原熊次郎の斡旋

第三回訴願と収拾

【主要参考文献・史料】

第七章 幕府の蝦夷地調査とイシカリ要害論

第一節 イシカリ川水系と東西連絡路の歴史

一 一七世紀

寛文期の史料から

快風丸の報告から

元禄御国絵図

二 一八世紀・一九世紀はじめ

『北海随筆』

飛驒屋伐木図

豊平川の誕生

イシカリ川の地図

第二節 幕府の蝦夷地調査とシコツ越

一 東蝦夷地直轄前後

串原正峯

武藤勘蔵

皆川周太夫

磯谷則吉

二 西蝦夷地直轄前後

遠山・村垣一行

田草川伝次郎

山崎半蔵

井上貫流一行

第三節 近藤重蔵イシカリ要害論

一 蝦夷地絵図

近藤重蔵

蝦夷地絵図

擁護の地

二 蝦夷地調査から要害論へ

松前蝦夷御用取扱

西蝦夷地見回りへ

テシオ川からイシカリ川へ

イシカリ要害論

【主要参考文献・史料】

第八章 松前藩の復領とイシカリ場所

第一節 復領後の藩政とイシカリ場所

一 復領後の蝦夷地政策

復領の申渡し

知行と勤番

アイヌ支配の構造

二 復領下のイシカリ場所経営

鮭漁の発展と変わる漁法

その他の産物

諸施設

三 アイヌ稼動の実態と人口の減少

動員されるアイヌ

雇の実態と代償

人口の減少

第二節 蝦夷地開拓論・海防論とイシカリ場所

一 水戸藩の蝦夷地開拓の展望

大内清右衛門の偵察

北方未来考

イシカリほか二場所借用運動

二 松浦武四郎の探検とイシカリ場所

松浦武四郎と蝦夷地

松浦武四郎のイシカリ川筋探検

海防論とイシカリ

【主要参考文献・史料】

第四編 イシカリの改革とサッポロ

第一章 イシカリ役所とサッポロ

第一節 安政期以降のサッポロ

第一節の意図

一 箱館開港と第二次直轄

箱館開港と箱館奉行の設置

第二次直轄とイシカリ

二 サッポロの開発と評価

サッポロの開発

イシカリアイヌの流散

この時期の評価

第二節 第二次直轄とイシカリ

一 イシカリの詰役制度

イシカリの詰役

詰合役人の役割

詰役の更迭

水野一郎右衛門の在住への降格

足軽肝付七之丞

二 村垣範正の廻浦

イシカリ改革の胎動

長谷川儀三郎の役割

範正のイシカリ入り

役人の交替

三 堀利熙の廻浦

『入北記』

ハッサム巡検

支配人、役人への申渡し

イシカリは「不宜場所」

アイヌ乙名へ農具の支給

第三節 イシカリ改革とイシカリ役所

一 荒井金助の赴任

荒井金助のイシカリ到着

詰合役人の刷新

堀利熙の再訪

金助赴任時のイシカリ

改革にむけての動向

二 イシカリ改革

改革の発表

村垣範正の廻浦

改革発表後の動向

三 イシカリ役所と機構

イシカリ役所の創設

役人の増員

同心

足軽

番所の設置

ハッサム番所

シノロ番所

調役の政務

学問教授所

イシカリの繁栄

四 クシュンナイのイシカリ出稼所

出稼所の設置

城六郎の北地出張

第四節 サッポロへの寺社建立計画

一 蝦夷地総鎮守と八幡宮

八幡宮の勧請

エンカルシベの山霊

八幡宮の建立

菊池重賢

二 善光寺と西本願寺

善光寺

西本願寺

イシカリ建府との関係

第五節 幕末のイシカリ役所

一 金助の転任と役人の動向

荒井金助の事蹟

金助の死

幕末の役人たち

同心・足軽

二 幕末のイシカリ支配

幕末の変転

箱館府の成立

小樽内騒動

兵部省の支配

イシカリ役所の評価

【主要参考文献・史料】

第二章 幕府のイシカリ調査

第一節 安政元年の調査

一 松前蝦夷地御用取調

北地調査の必要

記録の集成

二 堀、村垣の調査団

現地調査団の構成

調査の目的と行程

イシカリ通過の第一報

嶋田熊次郎

依田次郎助

鈴木尚太郎と山県璣

蝦夷地紀行

村垣範正

蝦夷紀行等

平山謙二郎と一瀬紀一郎

準備された手引書

検分の成果と影響

第二節 『蝦夷志料』の編纂とその調査

一 『蝦夷志料』の編纂

編纂の下命

構成と内容

地図の作成と実地検考

二 蝦夷地の調査

『野作東部日誌』

市川十郎の『蝦夷実地検考録』

目賀田帯刀の『延叙歴検真図』

千歳山道の調査

第三節 箱館奉行と松浦武四郎の調査

一 箱館奉行の調査

箱館奉行の廻浦

堀と村垣の廻浦史料

二 松浦武四郎と蝦夷地踏査

松浦武四郎

蝦夷地での活躍

武四郎その後の去就

三 松浦武四郎のサッポロ調査

弘化三年の調査

安政三年の調査

安政四年の調査

安政五年の調査

【主要参考文献・史料】

第三章 諸藩のイシカリ調査

第一節 老中家臣の調査

一 調査のいきさつ

目的としくみ

調査の結論

調査の影響

二 老中阿部正弘家臣の調査

蝦夷地用向勉勤

蝦中の要喉

三 老中堀田正睦家臣の調査

第一次調査

夷境の一都会

第二次調査

四望開豁

四 老中久世広周家臣の調査

鷹羽の徽号

イシカリ見聞

五 老中牧野忠雅家臣の調査

越後長岡

幾百万の鴻益

六 老中内藤信親家臣の調査

北溟の旅

蝦夷闔嶋の大川

第二節 諸藩の関心

一 水戸藩

徳川斉昭の内願

北島志の完成

イシカリ・サッポロと水戸藩

イシカリ・サッポロの検分

安政の大獄

二 佐賀藩

西南からの目

佐賀藩の関心と島義勇

義勇の日記

入北記

犬塚与七郎

松浦武四郎の建言

分領地の選定

箱館の蔵屋敷

与七郎の帰国

郡目付の到来

佐賀藩と開拓使

三 仙台藩

東北からの目

小野寺篤謙の遊歴

十二場所論

戸石永之丞の調査

玉虫左太夫

弘前藩の関心

[玉虫左太夫『入北記』]

玉虫左太夫『入北記』(カラフトへ向かう)

玉虫左太夫『入北記』(カラフトからの帰り)

【主要参考文献・史料】

第四章 イシカリ改革

第一節 改革の背景

一 荒増申上候書付

安政五年

改革まで

二 改革の要因

請負体質の弛緩

場所運営の手抜き

アイヌ酷使と私曲

第二節 改革の新仕法

一 出稼の奨励

移住の自由

大津浜グループ

勝右衛門

その用務

出稼の諸相

住人の組織化

共同体意識の成長

二 諸産業の振興

漁間農業の育成

士分の雇農民

林木の保護

地下資源の関心

三 流通機能の整備

沖の口体制

直䑺

開発方御用取扱

那珂湊と廻船

稲荷丸と山田家出稼荷物

山田家の難儀

イシカリ入津の廻船

イシカリ御用達と問屋の出店

第三節 漁業の推移

一 直捌漁業への転換

場所請負漁業の終末

山田家の出稼

イシカリ改役所の設置

新漁場の割渡し

二 漁業経営の多様化

漁獲高

漁法の工夫

役鮭

阿部屋の漁業経営

山田家の出稼形態

勝右衛門の漁業

三 混迷のイシカリ漁業

出稼人の交代

勝右衛門のその後

阿部屋のその後

第四節 改革の影響

一 直捌の経済効果

収納金

産物会所とのつながり

二 対ロシア外交の拠点

カラフトへの足場

直場所の経営費

三 イシカリ改革と第二次直轄

深き見込みの場所

イシカリの内国化

【主要参考文献・史料】

第五章 サッポロ越新道

第一節 箱館奉行の新道計画

一 イシカリ場所の新道

本海道(中央大道)の設定

松浦武四郎の調査

イシカリ場所の新道

二 サッポロ越新道の計画

新道の必要性

ハッサム道

新道切開之儀申上

ルートの選定と飯田豊之助

第二節 新道と通行屋・小休所

一 新道の完成

新道の開削工事

アイヌの使役

「新道甚麁にして不宜」

新道の再整備

二 松浦武四郎「新道日誌」

武四郎の新道検分

銭箱よりハッサムへ

ハッサムよりシユママツフへ

三 トヨヒラ通行屋

通行屋の建設

通行屋の整備

四 志村鉄一と吉田茂八

志村鉄一の経歴

通行屋番人の役割

吉田茂八

五 ハッサム小休所とハッサム川

小休所の建設

ハッサム川の利用

第三節 定山渓ルートと温泉開発

一 松浦武四郎の探索

武四郎の調査行

温泉の「発見」

温泉の利用と新道

二 早山清太郎の温泉開発

早山清太郎による道路開削

早山清太郎の談話

温泉の注目

三 定山の温泉開発

定山の経歴

定山の温泉開発

第四節 イシカリの交通

一 交通路と運上屋・本陣

交通路の大系

その他の系路

二 運送と通信

運送と通信

人足役

運上屋

本陣

本陣経営の転変

【主要参考文献・史料】

第六章 アイヌ社会とコタンの変貌

第一節 イシカリのアイヌ問題

一 箱館奉行の政策

北方領土問題とアイヌ

アイヌ政策の変化

二 阿部屋とアイヌの「撫育」

玉虫左太夫の建言

堀利熙の申渡しと農業奨励

鍬取り上げ事件

箱館奉行への対捍

三 イシカリ改革とアイヌ問題

改革の要因

改役所の設置

第二節 人別帳にみるアイヌ問題

一 人別帳の作成

安政三年の人別帳

「不人別帳」

安政六年の人別帳

慶応元年の人別帳

作成原理の変更

番所の管轄・地域

慶応三年の人別帳

二 アイヌ社会の人口構成

人別帳にみる人口構成

人口の減少

松浦武四郎の総括

アイヌへの種痘

第三節 コタンとアイヌの人々

一 上・下サッポロとモニヲマ

下サッポロ

上サッポロとモニヲマ

モニヲマの家族

トシキランの死

二 ハッサムとコモンタ

ハッサム

コモンタ

三 コタンの衰退

ナイホとシノロ

衰退の要因

四 松浦武四郎とアイヌ問題

松浦武四郎の批判

武四郎とイシカリ改革

〝アイヌの父〟武四郎

【主要参考文献・史料】

第七章 在住制とイシカリ在住

第一節 在住制の成立と展開

一 在住制制定の動向

堀・村垣の上申

在住制の成立経過

二 在住制の成立

在住制の達

在住制の内容

三 在住制に対する疑義

老中尋書

箱館奉行の意見

箱館奉行の対応

四 在住制改正の動向と終末

文久二年の老中案

箱館奉行の反対

箱館裁判所(府)と在住制

開拓使の設置と在住制の終末

第二節 イシカリ在住の動向

一 在住の任命と入地

在住の任命

在住入地場所の選定

二 在住の移動

在住の移動

幕府の崩壊とイシカリ在住

第三節 イシカリ在住の活動と生活

一 在住の活動

農民の招募

土地・農民管理

農業・開拓

在住の兼務

兼務の収入と在住

二 在住の生活

在住の住宅

生活の困難と在住の立場

在住制から御手作場へ

【主要参考文献・史料】

第八章 イシカリ御手作場の経営

第一節 イシカリ御手作場の開設

一 御手作場の設置

蝦夷地開発の方策

御手作場

御手作場の性格

二 イシカリ開発と御手作場

イシカリの開発

在住制の停滞

御手作場の導入

大友亀太郎

第二節 大友亀太郎の御手作場経営計画

一 開拓諸要件の提示とその結果

経営指針の提示

イシカリ赴任に際しての諸条件提示

大友個人の請願

二 御手作場の経営計画

御手作場の地所選定

大友の経営方法

農民扶助の内容と方法

御手作場経営の将来計画

第三節 御手作場の造成と農民移住

一 御手作場の造成事業

用排水路の掘削

用水土手の築造

道路・橋梁その他の築工

諸家作の建築

二 農民の移住

慶応二年の移住

慶応三年の移住

慶応四年の移住

第四節 御手作場経営の実態

一 農民扶助の状況

扶助米の支給状況

塩噌の支給状況

家財の支給状況

農具の支給状況

家作の支給状況

二 開発田畑と開墾手当

慶応二・三年の開墾田畑

慶応四年の開墾田畑

開墾手当の支給

種子の購入

三 イシカリ御手作場の終焉

幕府の倒壊と大友亀太郎の去就

御手作場総経費の内訳

【主要参考文献・史料】

第九章 村の形成と幕末のサッポロ

第一節 ハッサム村

一 ハッサム村の成立

イシカリ在住の入地

ハッサム村の成立

二 ハッサム村の農民と農地

ハッサム村の農民

農民の入地と移動

山岡精次郎の退去と農民

ハッサム村の変質

耕地

三 産業と生活

産業

生活

四 コトニその他

コトニ開発場

早山の移転と御手作場への繰り入れ

中田儀右衛門・福玉仙吉ほか

第二節 シノロ村

一 荒井村の成立

荒井村の設置

農民の招募

村役人

早山清太郎

産業・生活など

二 荒井村の性格

城六郎開墾地

荒井好太郎・鎗次郎

イシカリ開拓と荒井村の性格

三 中嶋村

中嶋村の成立

中嶋村の状況

四 シノロ村

シノロ村の成立

産業・農民など

第三節 サッポロ村

一 イシカリ御手作場の成立

大友亀太郎のサッポロ選定

入植の農民

二 開墾と播種

農地の区画

農地開発の成果

開墾地への播種

ロシア産種子と牛の回付

三 御手作場の家並みと生活

開墾取扱所ほか建造物

農民の住まい

御手作場農民の生活

サッポロ村の誕生

第四節 幕末の情勢とサッポロ

一 箱館奉行所から箱館裁判所へ

幕府の倒壊

イシカリへの情報伝達

事務の引継

旧幕吏の再任

二 オタルナイ騒動

騒動とシノロ村浪人の参加

シノロ村との関係

三 箱館戦争の余波と兵部省支配

旧幕軍の蝦夷島占拠

石狩の状況

兵部省の石狩支配

【主要参考文献・史料】

第十章 建府論の展開

第一節 箱館奉行等の意見

一 堀・荒井の意見

後年の聞取り等によるもの

『岡本氏自伝』中の荒井の意見

二 幕府・箱館奉行の方針

安政五年当時の方針

御手作場

第二節 藩士・幕吏等の意見

一 十文字龍助の意見

仙台藩と十文字龍助

蝦夷地開拓意見書草稿

二 岡本監輔の意見

岡本監輔

岡本氏自伝

第三節 松浦武四郎の建府論

一 松浦武四郎の山川地理実検

サッポロ調査

武四郎の蝦夷地調査の主目的

二 枢要の地イシカリとサッポロ大府

武四郎の新道構想

イシカリの機能

サッポロ大府への展望

【主要参考文献・史料】

図版・写真・表組一覧

刊行の趣旨(昭和五十六年九月十八日)

[◇懇談会委員・編集者ほか]

[◇巻構成]

[奥付]