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札幌労働者組合の衰退

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 昭和十一年三月十日、全札幌労働者組合札幌勤労互助会(昭4・8・15結成)など三団体が合併して、札幌労働者組合が組織された。これは中間派の組織であったが、旧全協系の左派労働者も含まれていた。かなり人民戦線に賛同する者が多く、これを不満とした末木重道は、十二年五月に札幌一般労働組合を組織したが、この方はほとんど運動らしい運動を行わなかった。札幌労働者組合は、人民戦線事件の余波を受け十三年二月十八日に解散したが、一部幹部は労働組合再建をはかり、四月三日に中村徳一らが札幌産業労働者互助会を組織したが、労働組合らしい活動はもはや不能になってしまった。
 市電労働者の一部は給与改善を要求して、十四年十一月札電会を組織したが、まもなく解消した。