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エロ・グロ・ナンセンス

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 また昭和六年一月一日には、「超々モダンは、却って昔にある」と洗練されたエロ・グロ・ナンセンスは、モダンな近世の江戸人に現代人以上にあったとする、高須芳次郎の記事が載る。また明大教授赤神良譲は、「モダン心理の解剖」と題し、エロ・グロ・ナンセンス・スピードアップなどのモダン心理の特性は、「近代文化の噪音性によって条件づけられ、その断片主義に立脚してゐる」と結論づける(北タイ 昭7・1・1)。
 この頃、五年十二月二十六日に道庁保安課から道内警察署長を経て、東京から移入されるレビューやダンスの興行者へ、「エロ文化」の取締要項が出されていた。エロ・グロ・ナンセンスが、時代の風潮であったことが理解できる(樽新 昭5・12・27)。
一、ズロースの長を(ママ)は股下五寸にして肉色を使用せざること
二、乳部以下を露出せざるやうシャツ及び衣で蔽ふこと(但し股下は継続して観客に見得る状況に置かぬこと)
三、腰部は局部的に前後左右に振るダンスを禁ず、日本服となりては著しく大股に歩き股部を露出せぬこと
四、照明の色彩は腰部以下は肉色の見得る照明をしてはならぬ

 ここにあらわれた東京、直輸入のレビュー団への道庁の規制に、中央・地方とも同時代的に進行する大衆文化状況の爛熟をみる。