札幌の機械工業をはじめとする重化学工業は、技術水準では高い評価を得ているものが多かった。二十四年に商工省鉄鋼課が電気溶接棒コンクールを開催した。全国五五のメーカーが参加し、札幌の北日本電極(株)が見事第一位となった(北海経済新聞 昭24・5・2)。また中小工場の企業診断のため、道は二十六年九月に北海道能率指導所を設立し、北日本電極にもさまざまな指導を行った。まず作業工程の改善勧告として手塗塗装台の配置替え、芯線温度を上げることによる作業時間の短縮、自動塗装機の導入である。その結果八カ月後には塗装時間が短縮し、コストは三割低下し、生産高は月間一七トンから二〇トンへ、原価中の人件費比率は一二パーセントから一〇パーセントに低下し、通産大臣表彰を受けている(道新 昭27・9・9)。
また、能率指導所は、札幌自動車ボデー工業(資本金一五〇万円、工員七〇人、札幌堀田自動車から分離独立)に三回にわたって診断を行い、木材・鉄材からボディ部品を切り出す方法の改善、作業の配置、動線の改善を行い、コスト四割減を果たしたという(道新 昭28・10・15)。二十九年十月には農機具輸出振興展が開かれ農機具メーカー一五〇社が出展し、エンシレージ・カッターを出品した北海道農機具工業(株)と豊平農機製作所が通産大臣賞最高賞を受賞した(道新 昭29・10・29夕)。豊平農機製作所は、三十一年にも吹上カッターで通産大臣表彰を受けている(関野太一)。
ところで、これらの例はあるものの、やはり鉄工関係の機械工業は不振だった。能率指導所は札幌の機械工業の企業診断を行い、①操業度五〇パーセント以下のものが約半数あり、そのほとんどが修理工場的な性格をもち、製品に特徴がない、②販路拡張の意欲が乏しい、③給与は低いが生産性も低いためむしろ割高になっている、④労働者の平均年齢が高い、などの問題点を指摘し、特色を出すこと、作業と関係のない人員の配置転換、資材の共同購入、特殊機械の共同使用などを提言した(道新 昭29・10・31)。そして、これらの課題は、高度成長期に持ち越されることとなるのである。