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複合娯楽施設・アミューズメントビルの誕生

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 昭和五十三年タイトー(本社・東京)が世に送り出した「スペース・インベーダー」はゲーム業界に空前のブームを巻き起こした。しかし五十八年家庭用ゲーム機の大流行によって業務用ゲーム機の売り上げは大幅に落ち込み、六十年に施行された深夜営業を規制する風俗営業適正化法が業界の後退に追い打ちをかけた。
 一方、映画産業も三十年代以降衰退の一途をたどっていたが(市史5上)、映画館を本業とする須貝興行(昭29設立 前身の札幌館は大7創業)はボウリング場とゲームセンターの経営に参入し、映画業の不振を乗り越えた(道新 昭61・12・27夕)。須貝興行の本社札幌須貝ビルにはさらにビリヤード、カラオケ、ディスコ、飲食店を加え、平成五年七月には複合化戦略の集大成として、白石区に大規模なアミューズメント施設スガイ・ディノスをオープンさせた(道新 平5・12・11)。同社の売上高に占める映画部門の割合は一割程度にまで減り、代わってゲームが四割、ボウリング三割、カラオケ一割となっているが、こうした経営の多角化に則して、八年四月同社は社名をスガイ・エンタテイメントに変更している(道新 平9・6・12)。
 前述のように存亡の危機にさらされていた業務用ゲーム機業界もまた、一部のマニアや若い男性をターゲットにした従来の方針を見直し、幅広い年代層に受け入れられる健全なアミューズメント施設を目指した(道新 平8・9・12)。
 女性や家族連れも楽しめ、しかも家庭では味わえないゲームが開発されるとともに、新たにパチンコ店カラオケボックス、ゲーム場等を併設した複合娯楽施設が誕生する。市内にはクノイサス(平4)、サイバー・シティ(平7 北海道振興)、ナムコランド(平9)、キャッツアイ手稲店(平12)等、最新の遊戯施設を目玉にしたアミューズメントビルが相次いでオープンし、新たにレンタルビデオ店やドラッグストア等との複合化の動きも出始めている(道新 平12・9・6)。