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埋蔵文化財調査と保存

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 札幌市域は丘陵地と中小の河川が多くあり、居住環境に恵まれた地であったことから遺跡の数が非常に多い。その分、開発行為による発掘調査も多くなっており、特に昭和四十年代なかば以降はそれが顕著であった。市教委では四十六年に初めて調査員を設置して発掘調査に対応し、四十八年より市域の遺跡分布調査を始め、五十一年二月に四五一カ所を掲載した分布図を初めて作成していた(その後、分布図は何度か改訂)。
 埋蔵文化財調査室は最初、時計台に入居していたが、五十一年に北光小学校の空き教室へ移転するなどしていたが、平成三年三月十五日に埋蔵文化財センターが札幌市中央図書館と併設されるにいたった。埋蔵文化財の展示施設は、五十二年に市資料館に考古資料展示室、五十九年四月に埋蔵文化財展示室(教育委員会庁舎内、当時南一西一四)を開設していたが、センター内に新たな展示施設が設けられていた。
 市内遺跡からの出土品のうち、麻生球場が建設されたK―四四六遺跡の堅穴住居址から出土した擦文式土器、土製支脚、土製紡錘車、土師器(はじき)、陶恵器(すえき)の一七点は、道有形文化財に五十五年八月十二日に指定されている。