いまほど自然と人間とのかかわりあいが、公害という現象をとうして問題にされる時代はないであろう。ここ品川区でもその例外ではない。失われつつある自然は各地で深刻な問題を提起しつつある。そこで、自然史の現代版を論ずる第一段階として、ここで問題とする自然とは何か、人間にとっての自然とは、という問題をやや一般的に考えてみたい。それは、品川区の自然史としては一見不必要なことにみえようが、自然史の現代版、いや将来像を語る上にはぜひ必要だと考えるからである。
地球上では一般に土地とよばれる地形・地質(岩石・土とよばれることもあるし、岩盤・地盤・土壌とよばれることもある)、水(地表水・地下水)、大気、生物(動物・植物)の各要素が有機的に結合している(1)。また、これらの要素の間ではエネルギーのうけわたしをとおして物質の循環がおこなわれ、それにともなってさまざまな現象が発生する。たとえば太陽のエネルギーで暖められた海面では盛んに蒸発がおこなわれる。蒸発した水は水蒸気となって運ばれ、その一部は降雨となって陸地に落ちる。山地に降れば河川を形成して流れくだる。そのエネルギーは山地を浸食し、山地を構成している岩石を砕き、礫や砂や粘土などにして下流へ運ぶことに使用される。低地に入って流れが緩やかになり、エネルギーが減少すると、礫や砂は堆積させられ、扇状地や三角洲が形成される。そして水はふたたび海に帰る。もう一つ例をあげよう。大気中の炭酸ガスは、炭素を含む物質が燃焼したり、動植物が呼吸したりすることなどによって生産される。その一部は植物の炭酸同化作用に使用され、合成されて炭水化物となる。それによって植物は成長し、副産物として酸素が生産される。酸素は動植物の呼吸作用や物質の燃焼により消費される。炭水化物は燃焼されれば炭酸ガスと水蒸気にかわる。
われわれは、地形・地質・水・大気・生物の要素と、各要素の結びつきの反映であるもろもろの現象を総称して自然とよんでいる。また、各種の現象を通じてみられる各要素間の関係をひと口に表現する言葉として、自然のシステムという術語を使用している。
自然は常に同じ状態を保っているわけではなく、変化し続けている。その一部は前章で述べたように気候の変化や地形の変化のように、自然みずからの変化としてとらえられる。そのような変化を自然の自律的変化とよんでいる。自然の自律的変化は、地震や火山活動のように短時間に現われることもあるが、一般には数百年もしくは数千年という時間のオーダーを通して徐々に変化していく。また、その変化は各要素と各現象の全般にわたって現われる。たとえば、自然の変化がもっともいちじるしくみとめられる氷期と間氷期を考えてみたい。氷期と間氷期では気候が全く異なるので、それにつれて植物相や動物相も変化するであろうことは誰でも考えつく。また、氷期には氷河が拡大し、間氷期にはそれが融解するために、海面の高さが変動する原因となる。したがって、同じ地域が陸地となったり海の底に沈んだりする。気候のちがいや氷河の拡大のちがい、それに植物相のちがいなどは海面から蒸発した水が降雨となって地上に落ち、河川をくだって再び海に戻るという水の循環をも変化させる。それにつれて、山地の浸食や低地での堆積の状況も異なる。このように、自然はいろいろの要素が有機的に結合したものであるので、その変化はある要素や、ある現象にとどまらず連鎖を形成している。すなわち、自然のシステム全体が変化することになる。