ある流域に土地利用が進み人為が加えられると、そこでの自然、とくに水文学的環境が変わるため、降雨でもたらされた水の動きが以前とは異なってくる。それは農林業的土地利用から都市的土地利用へと変わる時にいちじるしい。
降雨によってもたらされた水は、その一部は樹木や草により遮断され、地上に到達することなく蒸発してしまうこともあるが、ほとんどは地上に到達する。地表面に達した雨は、一時そこで貯溜されたのち、表面流出となって流れるか土壌中に滲透する。土壌中に滲透した水は中間流出となって流出したり、より深く滲透して地下水を涵養し、地下水となって流出する。また、それらが河川を涵養したり、河川から涵養されたりしている。その他、地表面から蒸発したり、植物により吸収されて空中に蒸散させられる部分もある。
このように、降雨によってもたらされた水は、その後の動き方をいろいろな因子により制約されている。農林業的土地利用から都市的土地利用に変わった場合には、その因子にいちじるしい変化がみられる。地表面が土であったのが鋪装されるなどして滲透できなくなる。木の根や草の根、落葉などにより、流れ出す前に一時的に貯溜されたり、斜面を流れくだる速度がゆっくりとしていたのが、道路や排水路を伝わってたちまち排水されてしまう。谷底では水田などの貯溜効果の大きい場所がなくなり、河道まですぐに到達してしまう。河道は直線状に改修されているので、一気に下流に排水されてしまう。
しかし、これらの変化が、降雨の流出機構をどの程度変化させているかについての定量的検討は、まだ充分とはいえない。そこで、これらの変化は河川での流出状況の変化として総合的に把握される。これまでの研究結果によれば、流出率が高くなり、最大流量が増加し、出水時間が短くなる。その結果、洪水波形が尖鋭化することなどがみとめられている(3)。簡単にいえば、農林業的に土地が利用されていたときには、徐々に流れ出していた降雨が、都市的土地利用がおこなわれると、短時間のうちに集中して流れくだってしまう。したがって、上流部から河口までの排水系統の一環した良否が、水害の発生に重大な意味を持ってくる。
海岸低地では堤防や護岸などの防災施設の設置や、干拓・埋立てによる陸地の拡大、それに盛土などによる地盤高の変化が水害の変質と密接に関係する。品川区では、干拓・埋立てにより高潮災害を受ける条件はまったくといってよいほど変わっている。かつては、東京湾に面していた砂洲は、現在は海岸からはるかに離れている。そのうえ、埋立てにつぐ埋立てでますます海岸線は遠のいている。したがって、これまで高潮危険地帯であったところは、現在ではよほどのことがないかぎり高潮とは無縁になっている。今後は、埋立地の間にめぐらされている運河を、高潮として押し寄せた海水がどう遡上するかが問題となろう。
砂洲と台地との間に拡がっていた後背湿地性の低地は、湿地ではなくなってはいるが、低地という条件は残されている。そのため、これまでとはちがった形態であるが、水害が発生しやすくなっている。宅地や工場地にするための盛土、鉄道や道路などの線状構造物の盛土などによって、地盤高が複雑に変化させられている。そのため、かつては連続していた低地が細分され、小規模な相対的低地(絶対高度ももちろん低い)が各所に分散している。したがって内水氾濫が起こりやすくなり、小単位の地区ごとの排水系統が水害の発生と関係してきている。
このように、明治以降急速に変わってきた土地利用にともない、水害の要因や、それを受けやすい地域、また水害の様相などはいちじるく変わってきている。