戦後では昭和二十二年九月十三~十五日のカスリーン台風による水害が東京都としては大きい。この水害では、江戸時代・明治時代の大水害と同様に利根川が決壊し、東京下町の荒川放水路以東の地域に大被害が発生した。東京における被害総計は、死者六人、家屋の倒壊と流失約二〇〇戸、床上浸水約八万戸、床下浸水約三万戸である(9)。品川区では目黒川本川は氾濫しなかったが、立会川が氾濫し、小山五、六丁目、荏原五、六、七丁目、旗の台一、二丁目で浸水被害を出した(町丁目名は現行のもの、以下同様)。その他、西品川一丁目から平塚方面に延びる目黒川の支谷や、西大井四、五丁目の小さい谷では内水氾濫による浸水被害を出している。また、南大井でも同様な被害が出ている。
戦後最大の被害を出したのは、昭和三十三年九月二十六日の狩野川台風による水害である。この水害はこれまでの通例と異なり、大河川の氾濫が原因ではなく、小河川の氾濫および内水氾濫による被害といういちじるしい特徴をもっている。にもかかわらず、浸水地域は東京下町と多摩川下流部のほぼ全域をはじめ、山の手台地内の谷底低地など、広範囲にわたっている。東京都全体では床上浸水約一二万四〇〇〇戸、床下浸水約三四万戸というおどろくべき被害を出している(10)。品川区でも、目黒川と立会川の氾濫をはじめ、その支谷の小さい谷や台地上にまで内水氾濫が発生し(第17図参照)、浸水面積は約三〇万平方メートルにおよんでいる。家屋被害も、床上浸水一、二九五戸、床上浸水九四〇戸を出した。その後の水害と比較してもとび抜けて大きい数字である。
狩野川台風以降の水害は、昭和三十三年に発生したものを含めて一六回ある(第3表)。狩野川台風を除けば、このうち立会川が溢流したのが一回だけであとはすべて内水氾濫である。したがって、被害地域は小単位に散在している。被害地域は小さな谷での排水系統が不備であるところと、ばらばらな盛土や線状構造物などに囲まれて相対的に低地となったところに限られている。排水系統が不備である典型は西大井四、五丁目で年に一、二回はかならずといってよいほど浸水する。相対的低地の典型は南大井六丁目付近である。
年月日 | 原因 | 浸水面積 | 床上浸水戸数 | 床下浸水戸数 | 家屋に浸水被害が出た地区 |
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昭和年月日 | m2 | 戸 | 戸 | ||
33. 7.24 | 台風 | 3,500 | 6 | 32 | 西大井4,5丁目 |
33. 9.18 | 台風 | 3,500 | 0 | 26 | 西大井5丁目 |
33. 9.26 | 台風 | 295,700 | 1,295 | 940 | 西五反田1,2,3丁目,上大崎4丁目,東大井6丁目,西大井4,5丁目,西品川2丁目,豊町1丁目,戸越1,2,3丁目,平塚1,2,3丁目,中延1,3,4,6丁目,荏原1,2,4,5,6,7丁目,小山2,4,5,6丁目. |
35. 9. 1 | 雷雨 | 4,800 | 17 | 150 | 西品川2丁目,西大井4,5丁目,南大井6丁目 |
36.10.10 | 台風 | 不明 | 0 | 54 | 西大井4丁目,豊町2丁目,荏原1丁目 |
37. 7.13 | 雪雨 | 15,500 | 29 | 239 | 西大井4,5丁目,大井2丁目,東大井6丁目,南品川4丁目 |
37.12.30 | 低気圧 | 4,000 | 不明 | 不明 | 西大井4,5丁目 |
38. 8.29 | 台風 | 10,000 | 4 | 46 | 西大井5丁目,東大井3丁目,北品川2丁目 |
40. 5.20 | 低気圧 | 62,000 | 5 | 300 | 西大井4,5丁目,南大井3丁目 |
40. 8.22 | 台風 | 89,900 | 0 | 303 | 西大井1,4丁目,南大井1,3,6丁目,東大井3丁目,南品川5丁目,小山台1丁目 |
41. 6.28 | 台風 | 32,100 | 4 | 105 | 西大井4,5丁目,南大井6丁目,南品川5丁目,北品川4丁目,西五反田3丁目 |
42.10.28 | 台風 | 35,000 | 6 | 50 | 西大井4,5丁目 |
44. 8. 5 | 台風 | 7,700 | 0 | 40 | 西大井5丁目 |
45. 7. 1 | 梅雨前線 | 60,000 | 0 | 47 | 西大井4,5丁目 |
45. 9. 3 | 雷雨 | 143,800 | 0 | 529 | 西大井4,5丁目,東大井2,3丁目,南大井1,4丁目 |
46. 9.28 | 台風 | 40,500 | 7 | 26 | 東五反田4,5丁目,上大崎2,3丁目 |
(品川区役所調査による)
一方、降雨の条件は、降ってから流下するまでの時間が非常に速いので、弱い雨が長く降る場合には水害は発生しにくい。短時間に大量の雨が降る場合(雨量強度が大きい場合)に浸水が発生する。昭和四十五年九月三日の雷雨による浸水被害がその典型である。この時には、羽田航空気象台の観測では雨量は三五・五ミリメートルであった(11)。しかし、二時間足らずの間に集中して降ったため、立会川が東大井三丁目付近で隘流して、二七〇戸の床下浸水被害を出したのをはじめ、西大井四、五丁目で二三七戸、その他で二二戸、計二五九戸の浸水被害を出している。
現在の品川区は全体としてみれば水害を受けにくい地域である。しかし、部分的にみると、時間雨量二〇~三〇ミリメートルですぐに浸水が発生するところもあり、決して区内全域が水害に対して安全であるというわけではない。内水氾濫による被害地は非常に局地的で散在している。また、排水系統の不備とはいえ、直接の原因になっている条件は様々である。したがって対策も立てにくいであろうが、早急に改善すべき地区は何ヵ所か指摘できる。