寺院の分布

906 ~ 912

品川区には現在八〇ヵ寺の寺院がある。そのうち明治以降に創立された寺や、他の地域から移転してきた寺が二七ヵ寺あり、これを除くと五三ヵ寺(うち塔頭四カ院)になり、これに現在までに廃寺になった二六ヵ寺(うち塔頭九カ院)を加えた七九ヵ寺が、江戸時代の末ころに区内にあった寺ということができる。もっとも七九ヵ寺のうち二五は、東海寺や妙国寺など大寺の塔頭(たっちゅう)で、これを除けば五四ヵ寺であったわけである。

 この七九ないし五四ヵ寺の地域的な分布を見てみると、第66表のとおりとなり、品川宿に密集していることがわかる。これは当時この地域に人口が密集していたからであろう。これに対して農村と漁村から成る大井村や、農村地域である荏原地区の各村にはその数が少なく、とくに荏原地区で中延村・戸越村・小山村・下蛇窪村がいずれも一村一ヵ寺のみであり、上蛇窪村には皆無であった。大崎五ヵ村(上・下大崎村・谷山(ややま)村・桐ケ谷村・居木橋(いるきばし)村)が一五ヵ寺で、品川宿に次いで多いのは、上大崎村に増上寺の下屋敷があり、その子院である八ヵ寺が一ヵ所に密集したからである。

 この江戸期に品川区内にあった五四ヵ寺(塔頭は除く)の宗派別分布を見てみると、数の上では浄土宗が最も多く一二ヵ寺を占めている。しかしこれは前述のように上大崎村に増上寺の子院八ヵ寺があるからで、このような特殊な例を別にすれば、天台宗と法華宗がそれぞれ一〇ヵ寺で最も多く、曹洞宗が六ヵ寺で、これに次いでいる。法華宗は品川宿に、天台宗は大崎五ヵ村に集中している。法華宗は本迹(ほんじゃく)一致を唱える一致派(本門寺末と身延末)と、本勝迹劣(ほんしょうしゃくれつ)を唱える勝劣派(日什の門流京都妙満寺末)に分かれており、一致派に属するもの六ヵ寺、勝劣派に属するもの四ヵ寺であった。江戸市中やその周辺には数の少ない日什門流(のちの顕本法華宗)の寺や時宗(じしゅう)、黄檗宗(おうばくしゅう)の寺まで揃っているのは大きな特色である。

第66表 品川区内近世所在寺院宗派別一覧表
品川地区寺院 同左塔頭 大崎地区寺院 同左増上寺子院 大井地区寺院 荏原地区寺院
法華宗(日蓮宗) 3 1 2 6
法華宗什門流派(旧顕本 法華宗) 4 6(4) 10(4)
臨済宗大徳寺派 1 16(14) 1 18(14)
建長寺派臨済宗 2(1) 2(1)
妙心寺派臨済宗 1 1
曹洞宗 3 1 2(1) 6(1)
黄檗宗 1 1
真宗大谷派 2 1 3
浄土真宗本願寺派 1 1
浄土宗 2 3(3) 1 8(3) 1 15(6)
時宗 3 3
天台宗 3 5 1 1 10
真言宗智山派 1 1
真言宗醍醐派 1 1
高野山真言宗 1 1
25(1) 25(21) 10 8(3) 7(1) 4 79(26)

( )内の数字は現存しない寺の数の再掲

第67表 品川区内近世所在寺院一覧表 (『新編武蔵風土記稿』等による)
宗旨 寺院名 本末関係 所在場所 本尊 開創年代
臨済宗 東海寺 京都大徳寺末 北品川宿 釈迦三尊 寛永十四年
玄性院 東海寺塔頭
長松院
妙解院
雲龍院
清光院
定慧院
春雨庵
慈雲庵
少林院
師聖院
法雲院
琳光院
真珠院
高源院
瑞泉院
泰定院
清徳寺 鎌倉建長寺末 正観世音菩薩 元徳二年
光厳寺 清徳寺末 文和三年
寿昌寺 京都妙心寺末 下大崎村 釈迦三尊 開山万治二年示寂
泊船寺 赤坂種徳寺末 大井村 阿弥陀如来 永徳二年
禅宗黄檗派 大龍寺 宇治万福寺末 南品川宿 釈迦三尊 寛正四年
禅宗曹洞派 天龍寺 駿河国有度郡大谷村大正寺末 釈迦三尊 天正九年
海晏寺 三田功運寺末 正観世音菩薩 建長三年
海雲寺 海晏寺末 十一面観世音菩薩 建長三年
了真寺 長門国豊浦郡護国禅寺末 北品川台町 慶安元年
清伝寺 天龍寺末 大井村 釈迦如来 二世寛文元年示寂
嶺雲寺 天龍寺末 慶長九年
法華宗 海徳寺 京都本国寺末 南品川宿 首題釈迦多宝 貞和元年
蓮長寺 池上本門寺末 弘安年中
本照寺 北品川宿 釈迦 鬼子母神
多宝 祖師日蓮
天文十七年改宗
本立寺 下大崎村 慶長二年
法蓮寺 中延村 鎌倉期
摩耶寺 身延久遠寺末 小山村 宝永ノ頃中興
法華宗什門流派 本光寺 京都妙満寺末 南品川宿 首題釈迦多宝 永徳二年
清光院 本光寺塔頭
受玄院
本栄寺 本光寺末 釈迦如来・多宝如来 宝徳二年
妙蓮寺 京都妙満寺末 首題釈迦多宝 長享元年
妙国寺 弘安八年
修定院 妙国寺塔中
正中院
安立院
真了院 妙国寺塔中 南品川宿 首題釈迦多宝
浄土宗 法禅寺 芝増上寺末 北品川宿 阿弥陀如来 明徳元年
貞樹院 法禅寺塔中 阿弥陀三尊
願行寺 芝増上寺末 南品川宿 寛正三年
顕性院 願行寺塔中
正聚院
光取寺 芝増上寺子院 上大崎村 寛永元年
戒法寺 元和八年
清岸寺 寛永七年
本願寺 開山寛永十一年示寂
最上寺 開山元和六年示寂
善長寺 不明
正福寺 開山正保三年示寂
了福寺 寛永十一年
行慶寺 願行寺末 戸越村 阿弥陀三尊 開山寛文十一年示寂
浄土宗鎮西派 霊源寺 三田長松寺末 桐ヶ谷村 阿弥陀如来 開山寛文六年寂
浄土真宗大谷派 正徳寺 京都東本願寺末 北品川宿 永仁六年
心海寺 南品川宿 正保四年
光福寺 大井村 文永二年再興
真宗本願寺派 西光寺 麻布善福寺末 弘安九年
時宗 善福寺 藤沢清浄光寺末 北品川宿 永仁二年
海蔵寺 南品川宿 永仁六年
長徳寺 寛正四年
真言宗醍醐派 品川寺 醍醐三宝院末 正観世音菩薩 長禄年中
天台宗 養願寺 南品川常行寺末 北品川宿 阿弥陀三尊
常行寺 上野寛永寺末 南品川宿 正安元年
本覚寺 山王城琳寺末 元亀三年
徳蔵寺 上大崎村 嘉祥元年
宝塔寺 下大崎村 不明
安楽寺 桐ヶ谷村 文亀二年
観音寺 居木橋村 釈迦三尊 開山天正元年示寂
安養院 目黒滝泉寺末 桐ヶ谷村 釈迦如来 開山天正元年示寂
来迎院 南品川常行寺末 大井村 薬師如来 延宝ノ頃中興
東光院 山王城琳寺末 下蛇窪村 阿弥陀如来 貞和三年中興
真言宗智山派 来福寺 馬込長遠寺末 大井村 延命経読地蔵 不明
真言宗 高福院 高野山金剛峯寺末 永峯町 大日如来 正暦元年
羽黒修験 大光院 日本橋通仙寿院配下 北品川宿
北馬場町
不動明王
当山修験 仙杖院 青山鳳閣寺配下 南品川
新開場

 

 これらの寺院は、その所在する宿や村を中心として近隣各村、そして江戸市中に檀家をもっていて、各宗それぞれの伝統・教理・習俗を基盤として、この地域の信仰の中心として活躍していたのである。