漁業者数の推移

216 ~ 219

明治十年代における品川の漁猟は、守旧的立場に立ちつつ、新興の漁村に押されがちであり、白魚漁業問題にみられるように、東京府による漁村救済措置からも疎外される状態であった。白魚漁業問題とは、明治十五年四月に、府が佃島漁民に品川・芝・金杉地先における白魚漁場専用の免許をあたえたことに、南品川猟師町をはじめ、内湾各漁村からその取消陳情がなされた事件である。府は、佃島漁業の窮状救済を理由に陳情を拒否した。

 品川の漁猟は、すでに台場構築のころから、地引網のような大漁具の使用が不可能となっていたが、それに加えて、回遊魚類の減少、船舶の頻繁な往来、工業その他の新産業勃興による漁業者の転業等により、二十年代にはその衰退は漸次顕著になっていった。

 このような傾向は、品川浦や大井御林浦の漁業者数の推移に、いかにあらわれているであろうか。明治二十三年から二十六年までの変化は「東京府統計書」によれば別表のとおりである。統計数値に多少疑問の点もあるが、漁業従業者総数において減少の傾向にあることは明らかである。

第44表 品川浦漁業者戸数人員および漁船漁具
年次 漁業戸数 専業者 兼業者 合計 漁船 備考
明治23年 198 207 169 376 51 52 103 479 305 網662張
24  156 207 169 376 51 52 103 479 251
25  197 205 167 372 53 52 115 487 487
26  197 209 168 377 49 47 96 473 246

 

第45表 大井村漁業者戸数人員および漁船具
年次 漁業戸数 専業者 兼業者 合計 漁船 備考
明治23年 120 228 228 150 150 378 121 網258張,釣竿105本
24  75 225 225 130 130 355 176
25  296 304 304 69 69 373 179
26  296 304 304 69 69 373 485

 

 明治二十七年以降に関しては、「府統計書」は荏原郡についての数字をあげているが、三十七年までの推移は46表のとおりである。これによると、従業者数は二十七年以降増加の傾向をたどり、三十二年を頂点としてその後漸減にむかい。三十六年から急速な減少を示している。このような荏原郡全体についてみられる傾向が、品川に関してそのまま妥当するかどうかは疑わしい。とくに品川および大井村の漁業が、郡全体のうちに占める地位は、先に明治十年と十七年についてみたところ以上に低位に位置するに至っている。二十五年末の数字を示すと47表のとおりである。

第46表 荏原郡漁業者および漁船
年次 漁業戸数 専業者 兼業者 合計 漁船
明治27年 1,752 2,814 2,285 5,099 801 151 952 6,051 1,377
28  1,746 3,217 2,098 5,315 834 168 1,002 6,317 1,777
29  1,747 3,247 2,103 5,350 838 165 1,003 6,353 1,688
30  1,746 3,262 2,360 5,622 847 430 1,267 6,889 1,694
31  1,820 3,271 2,359 5,630 981 668 1,649 7,279 1,774
32  3,219 4,388 4,403 8,791 2,155 1,795 3,950 12,741 4,572
33  2,027 3,142 2,829 5,961 1,255 985 2,240 8,211 4,672
34  2,038 3,117 2,754 5,871 1,307 1,033 2,340 8,211 4,864
35  2,091 3,144 2,715 5,859 1,331 1,016 2,347 8,206 4,900
36  1,267 1,809 869 2,678 428 346 774 3,452 3,904
37  1,252 1,709 880 2,649 431 350 781 3,430 4,801

 

第47表 漁業者戸数人員・漁船漁具

明治25年12月31日現在

漁町村名 所属郡市 漁業戸数 専業者 兼業者 合計 漁船 漁具
佃島 京橋区 117 111 111 6 6 117 各種網297張
南小田原町 43 37 1 37 5 5 42 124 同上236張
本芝 芝区 60 181 37 218 5 5 223 119 各種網304張,縄160本,鰻鎌其他雑具201個
芝金杉 89 225 225 450 17 13 30 480 147 各種網249張,縄550本,貝巻其他雑具165個
深川 深川区 410 730 730 90 90 820 306 各種網287張
品川 荏原郡 197 205 167 372 53 52 115 487 635 網725張,鰻鎌150個
羽田村 725 2,185 1,933 4,118 123 105 227 4,345 909 網1,706張
大森村 642 172 172 642 642 814 689 網93張,釣具190個,竹筒5万8,000個
入新井村 21 21 21 3 縄3枚釣道具20個
大井村 296 304 304 69 69 373 179 網875張,釣竿174本,小貝桁1,620枚
多摩川沿岸 14 14 14 14 15 網50張
瑞穂村 南葛飾郡 27 38 38 25 25 63 15 網62張
葛西村 4 102 102 360 630 732 340 網208張,貝巻籠500個
砂村 64 44 26 70 96 96 166 120 網296張,貝巻15個,竹筒1万1300本,流網4個,鰻鎌15個
小松川村 1 2 2 2 2 4 3 網30張
南綾瀬村 4 2 2 2 2 4 3 網10張,土籠60個
合計 2,682 4,338 2,379 6,717 1,800 170 1,970 8,687 3,607 網1万7,432張,其他7万2,473個

(注) 明治25年『東京府統計書』

 明治中期から後期にかけての品川区域における漁猟は、以上のように停滞から衰退への道をたどった。しかしながら近世以来の海苔養殖は、衰退する魚貝類採取にかわって、この地域における漁業経済の中心となったのである。