その対比と特質

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明治も後期に移ると、品川区域内には、近代工業が続々と勃興してくる。とくに、後に述べるように、目黒川沿岸には、偉観ともいうべき各種の諸工業が蝟集(いしゅう)してゆくのである。この点は、同じく京浜工業地帯を形成するとはいえ、たとえば川崎における日本鋼管創設と埋立て、横浜の開港と生糸貿易や造船・船渠(せんきょ)(ドック)業といった近代工業の形成とは異なっていたものと考えられよう。それも広く各種の産業部門にわたっている点にも特徴がある。多くは、当時の東京旧市域内から移転したものであるが、第一に動力源として、第二には、運輸手段として、大きく目黒川に依存していたのである。しかも、地域的に同じ建物の継受・買収という側面と技術的に関連部門の交流があるのは当然としても、その伝習・伝播が際立って現れてくるように考えられてならない。

 以下では、工場統計表における産業分類の順序に従って各工業別に記述してみよう。


第36図 明治期における目黒川流域の主な工場分布(大正5年の地図より作成)