困窮をきわめた町村財政

452 ~ 459

ところで今まで述べてきた品川区域各町にあらわれた諸現象は、東京市の膨脹こそ近郊町村の市街化に決定的な意味をもったことを示していた。市と町村の関係はますます密接な関係になっていった。しかしこれらは必ずしも町村にとって好ましい現象とばかりはいいきれなかった。むしろ行財政において、また町村民の日常生活において多くの混乱と矛盾を生みだし、そのなかに各町をまきこむ結果となった。ことにこのことは町村財政に顕著にあらわれてきた。

 日露戦争以後急速に膨脹した町財政は、第一次世界大戦後の大正後半期から市郡併合にいたる昭和初期にかけては、さらにいっそう急激な膨脹をとげていった。

 第116表は大正十年より合併前年までの各町村の経常・臨時歳出総額の推移を示したものである。資料が不十分なため、大正十二、三年を欠くが、第一次世界大戦から昭和初期の財政状態を窺い知ることはできよう。全般的な財政膨脹は明らかであるが、とくに関東大震災をさかいに急激に財政支出が増大している。震災前に較べ大正十四年には全町の財政は二倍以上にふくれあがっている。ことに荏原町の場合は急激な膨脹ぶりを示し、大正十四年五・五倍、翌十五年には一〇倍、以後も波はあるが、昭和三年にはついに一五倍という驚異的な膨脹率を示している。

 その原因は、人口の大量移入にともなう教育・土木・社会事業等の各種施設の拡充・整備の必要にあった。これらは震災の復旧事業によっていっそうその必要性を増した。就学児童の増加にともなう小学校の増・新築、道路改修、上水道の敷設、地番整理など宅地化に対処するための諸経費が増大した。

第116表 各町歳出額の推移(大正10年~昭和6年)
地区別 大正10 11 12 13 14 大正15
昭和元
2 3 4 5 6
品川町 280,061 357,633 587,830 504,133 615,547 861,005 670,484 755,581 590,885
(指数) 100 128 200 180 220 307 239 270 211
大崎町 268,984 324,131 723,715 576,728 576,090 498,966 680,023 753,038 587,555
100 120 269 215 214 186 252 280 219
大井町 247,400 372,242 442,141 446,110 501,162 612,206 721,929 681,949 616,031 588,863 625,682
100 150 178 180 202 248 292 276 249 238 253
荏原町 71,722 107,625 388,661 772,698 579,835 1,088,928 840,372 986,087 833,278
(平塚村) 100 150 543 1,078 808 1,518 1,172 1,375 1,162

出典 1) 大井町の数字は『大井町史』
   2) 品川,大崎,荏原各町の大正10,11年は東京市制調査会『帝都の制度に関する調査資料』
   3) 同上 大正14~昭和6年は市域拡張調査資料『荏原郡各町村現状調査』(『品川区史・資料編』所収)

 これらの費用を町税その他の収入でまかなうことはできずに、各町とも多額の町債を起こさざるをえなかった。第117~121表は各町町債一覧である。各町に共通し、町債の大部分を占めるのは小学校建築費と震災復旧費であり、その他には品川の埋立地費、大崎の下水道改良事業費が目につく。ことに荏原町の場合、明治前期に創立された三小学で長い間まにあったのが、大震災後の大正十四年一校、同十五年に二校、昭和三年には実に四校を創立してなおかつ二部授業を解消できないという現状のなかで、これが町財政の大きな負担になったことはいうまでもない。

第117表 品川町町債一覧(昭和六年三月末日現在)
起債目的 起債年月 借入先 年利率 起債額 未償還額 償還予定
償還法 予定終期
品川三ツ木小学校建築費 昭和六年三月三十一日 簡易保険局 六分 四五、二〇〇 四五、二〇〇 元利均等償還(三月) 昭和十年三月
道路拡張費 六分五厘 一〇九、八〇〇 一〇九、八〇〇 昭和十七年三月三十一日
役場建物及道路敷災害応急施設費 昭和五年十月十五日 東京府 四分八厘 六、五〇〇 六、五〇〇 昭和二十四年三月三十一日
御殿山小学校建築費 昭和四年三月三十日 簡易保険局 六分五厘 二六七、〇〇〇 二二〇、〇三〇 昭和十三年三月三十一日
埋立地費 昭和三年七月十二日 品川信用組合 七分 一〇〇、〇〇〇 八七、〇〇〇 昭和三十一年三月三十一日
三菱銀行品川支店 七分 六〇〇、〇〇〇 六〇〇、〇〇〇 昭和三十一年三月三十一日
役場建物及道路敷災害応急施設費 昭和五年十月十五日 東京府 五分 一、五〇〇 一、五〇〇 財政の余裕に伴い償還す 未定
小学校震災施設費 大正十三年三月三十一日  〃 四分八厘 五〇、〇〇〇 五〇、〇〇〇 元利均等償還(三月九月) 昭和二十八年三月三十一日
御殿山・東海・浅間台・三木小学校建築費 昭和二年十一月二十一日 基本財産 五分七厘 七六、五一一 七六、五一一 財政の余裕に伴い償還す 未定
一般経済 数回に債す 東海小学校敷地拡張積立金 無利子 一八、七〇二 一八、七〇二 未定
埋立地経済 役場改築積立金 一四六、二六九 一四六、二六九  〃

 

第118表 大崎町町債一覧(昭和六年三月末日現在)
起債目的 起債年月 借入先 年利率 起債額 未償還額 償還予定
小学校震災応急施設費 大正十三年三月三日 東京府 四分八厘 五〇、〇〇〇 五〇、〇〇〇・〇〇 払込九月 三月にして元利均等償還終期 昭和二十七年度
小学校建設費 大正十四年五月十四日 簡易保険局 六分五厘 四八、〇〇〇 四五、四七四・八三   〃
      昭和二十三年度
昭和四年八月八日 日本勧業銀行 五分三厘 四〇、〇〇〇 四〇、〇〇〇・〇〇   〃
      昭和十年度
昭和二年五月二十八日 簡易保険局 六分五厘 三〇、〇〇〇 三〇、〇〇〇・〇〇   〃
      昭和十年度
小学校建築費 大正十五年四月十八日 一五〇、〇〇〇 一四二、一〇八・八二   〃
      昭和二十三年度
下水道改良事業費 大正十一年十月十日 日本勧業銀行 五分四厘 二八、四〇〇 一七、九三八・六三   〃
      昭和八年度
昭和二年十二月十五日 五分三厘 九〇、〇〇〇 三〇、〇〇〇・〇〇   〃
      昭和六年度
昭和四年十二月十六日 簡易保険局 五分四厘 三〇、〇〇〇 二三、〇八八・三八   〃
      昭和八年度
大正十五年三月十八日 二六〇、〇〇〇 二四四、六三四・三五   〃
      昭和二十三年度
昭和六年一月十四日 四〇、〇〇〇 四〇、〇〇〇・〇〇   〃
      昭和二十四年度
合計 七六六、四〇〇 六六三、二四五・〇一

 

第119表 大井町町債一覧(昭和六年三月末日現在)
起債目的 起債年月 借入先 年利率 起債額 未償還額 償還月日
避難児童収容校舎仮建築費 大正十三年三月十二日 東京府 四分八厘 八〇、〇〇〇・〇〇 八〇、〇〇〇・〇〇 据置期間 自大正十二年度至昭和九年度
償還満期 昭和二十八年三月一日
小学校以外の応急施設費 大正十三年四月五日 昭和三年度迄無利子昭和四年度は五分 一、〇〇〇・〇〇 一、〇〇〇・〇〇  〃   自大正十年度至昭和三年度
 〃   昭和五年二月末日(先年中より借入町村連合して延期申請中)
小学校建築費 大正十五年四月一日 簡易保険局 五分五厘 一六五、〇〇〇・〇〇 八四、九二三・〇四  〃   なし
 〃   昭和十年三月三十一日
震災破壊の町村道及用悪水路其他排水路復旧費 昭和二年一月二十八日 東京府 五分 四〇、三〇〇・〇〇 三〇、三〇〇・〇〇  〃   自大正十五年度至昭和三年度
 〃   昭和三十四年三月三十一日(先年より借入町村連合して延期請願中)
小学校建設資金 昭和三年三月三十一日 簡易保険局 六分五厘 七五、〇〇〇・〇〇 五四、五四七・八三  〃   自昭和二年度一ケ年
 〃   昭和十二年三月三十一日
土木費中道路改良費 勧業銀行 五分四厘 五八、三〇〇・〇〇 五三、七六六・二二  〃   自昭和三年度至昭和四年度
 〃   昭和十五年三月三十一日
昭和九年九月十日 内務省衛生局内同愛記念病院財団 六分七厘 二五、七〇〇・〇〇 二三、八二三・三四  〃   自昭和三年度至昭和四年度
 〃   昭和十五年三月三十一日
小学校営繕費 昭和四年四月十五日 簡易保険局 六分五厘 七五、〇〇〇・〇〇 六七、五五七・二〇  〃   昭和四年度一ヶ年
 〃   昭和十三年三月三十一日
大正十二年度に於て東京府より借入たる震災応急施設費償還のため 昭和五年十月十五日 東京府 四分八厘 一、六〇〇・〇〇 一、六〇〇・〇〇  〃   自昭和五年度至昭和八年度
 〃   昭和二十四年三月一日
小学校営繕費に充当のため 昭和六年三月三十一日 勧業銀行 四分八厘 四〇、〇〇〇・〇〇 四〇、〇〇〇・〇〇 据置期間 自昭和五年度至昭和七年度
合計 五五一、九〇〇・〇〇 四三七、五一七・六三

 

第120表 荏原町町債一覧(昭和六年三月末日現在)
起債目的 起債年月 借入先 年利率 起債額 未償還額 利子 償還月日
小学校建築費 大正十二年十二月二九日 簡易保険局 六分五厘 五〇、〇〇〇・〇〇 七、七一〇・六三 五〇一・一九 八、二一一・八二 昭和七年三月三十一日償還予定
大正十五年三月三十一日 三五、〇〇〇・〇〇 一八、〇一三・九九 三、〇一九・三五 二一、〇三三・三四 昭和十年三月三十一日〃
大正十五年十月十四日 二三〇、〇〇〇・〇〇 一四三、五九八・四四 二九、一七五・二七 一七二、七七三・七一 昭和十一年三月三日〃
震災復旧土木費 昭和二年一月二十八日 東京府 五分 一二、一〇〇・〇〇 一二、〇〇〇・〇〇 一一、五三一・六〇 二三、六一三・六〇 昭和十四年三月三十一日〃
小学校建築費 昭和三年五月三十一日 簡易保険局 六分五厘 一二五、〇〇〇・〇〇 九九、四六八・四二 二二、二四一・七六 一二一、七一〇・一八 昭和十二年三月三十一日(利払期日九月三月)
昭和三年十月二十三日 一二五、〇〇〇・〇〇 九九、四六八・四二 二二、二四一・七六 一二一、七一〇・一八 〃(〃)
昭和四年三月十四日 六〇、〇〇〇・〇〇 四九、四七九・八〇 一二、八九三・六八 六二、三七三・四八 昭和十三年三月三十一日(〃)
昭和三年十月一日 東京府農工 一五、八四三・〇〇 四、八九三・九五 二三九・八五 五、一三三・八〇 昭和七年三月三十一日(〃)
大正十三年三月二十八日 日本勧銀 七分六厘 七、六七六・七一 二、七五一・九七 一五七・八四 二、九〇九・八一 〃(〃)
大正五年十二月二六日 簡易保険局 六分五厘 一〇〇、〇〇〇・〇〇 二〇〇、〇〇〇・〇〇 六一、七五一・三四 二六一、七五一・三三 昭和十五年三月三十一日(〃)
大正六年三月十九日 一〇〇、〇〇〇・〇〇
小学校震災応急施設費 大正十三年三月三日 東京府 四分八厘 五〇、〇〇〇・〇〇 五〇、〇〇〇・〇〇 三一、八五七・一二 八一、八五七・一二 昭和二十八年三月三十一日(〃)
合計 八六七、四八五・六二 一九五、五九二・七五 八八三、〇七八・三七

 

第121表 歳出科目別金額および割合
町名 品川町 大崎町 大井町 荏原町
科目 金額 割合 金額 割合 金額 割合 金額 割合
神社費 46 6.0 100 0.02 100 0.01 77 0.01
会議費 792 0.1 2,402 0.41 1,340 0.20 3,008 0.36
役場費 73,558 10.6 84,223 14.33 88,442 12.15 106,572 12.79
土木費 79,527 13.4 52,710 8.98 34,734 4.80 71,360 9.56
小学校費 213,776 36.1 212,130 36.10 226,293 31.10 418,658 50.24
商業実務学校費 1,861 0.3 5,870 1.00 3,118 0.43 1,721 0.11
青年訓練所費 2,512 0.4 2,742 0.47 2,769 0.40 3,502 0.43
伝染病予防費 6,965 1.2 5,325 0.91 9,972 1.37 14,368 0.73
汚物掃除費 12,904 2.2 17,775 3.03 47,012 6.46
公園費 668 0.1
勧業諸費 960 0.2 550 0.09 545 0.07 984 0.12
職業紹介諸費 4,766 0.8 6,633 1.13 5,674 0.68
救助費 2,643 0.4 2,400 0.41 4,550 0.63 2,300 0.28
警備費 18,856 3.2 18,486 3.15 25,752 3.53 14,980 2.80
財産費 4,544 0.8 5,437 0.93 4,226 0.60 9,491 1.14
諸税及負担 7,446 1.3 9,625 1.64 5,483 0.80 7,988 0.96
公金取扱費 2,240 0.3 1,200 0.14
公益事業奨励費 2,572 0.4
表彰費 1,200 0.2 100 0.01
雑支出 63,380 10.8 4,700 0.80 4,040 0.60 2,909 0.35
予備費 6,491 1.1 9,761 1.66 10,993 1.51 23,847 2.86
公債費 76,015 12.9 105,255 17.91 84,383 11.60 139,033 16.68
補助費 3,820 0.6 1,966 0.33 1,959 0.30 2,282 0.27
失業登録労働者紹介費 343 0.0
町史編纂費 3,000 0.5
尋常夜学校費 1,601 0.27 2,661 0.40 1,290 0.15
実修女学校費 7,071 1.20
基本財産造成費 1,903 0.32 1,777 0.02
金庫費 1,200 0.20
交付金 40 0.01 84 0.01
小学校営繕費 3,200 0.54
補習学校営繕費 1,200 0.20
塵芥焼却場営繕費 2,850 0.49
街頭便所建設費 400 0.07
繰入金 20,000 3.40
貧困児童就学奨励金 400 0.05
寄付金 1,562 0.21
土木費本年度支出費 165,500 22.74
諸税調査費 2,034 0.24
歳出合計
590,885 100 587,555 100 727,795 100 833,278 100

 

 こうして昭和六年三月末現在で、品川の場合、歳入合計の二倍以上の、その他の三町村でもほぼ一年分の歳入に相当する町債を背負いこむことになったのである。

 これらの事情は、第121表に示した歳出科目別の金額および割合にもあらわれている。歳出のなかでもっとも大きな割合を占めているのは、小学校費で、大井の三一・一%が最低で、最高の荏原町では五〇・二%と実に歳出総額の半分を越えている。これに社会教育・職業教育を加えると、この数字はさらに大きくなる。つぎに土木費も各町とも一割前後を占めるが、これも以前と比較するならば、かなり増してきている。それに比較して、環境衛生、あるいはこの時期社会的にも問題になってくる社会事業的な職業紹介諸費・救助費・失業登録労働者紹介費なども科目としては現われてくるが、ほとんどとるに足らない額が計上されているにすぎない。勧業費にしても同様微々たるものであった。

 歳入の面からみると各町とも、品川五一・九%、大崎五六・七%、大井四九・二%、荏原五八・〇%と町税に大きく依存していた。その反面、各種交付金・補助金もふえつつあったが、それは国政委任事務費と比較するならばやはり少額といわざるをえないものであった。

 このようにして住民一人当りの諸税(国税・府税・町税)負担は年々増加しつつあった。にもかかわらず、前述のように人口の増大、交通機関の発達、これにともなう都市的設備の整備・拡充はもはや一町規模の貧弱な財政では対応できなくなっていた。こうして財政面からも市郡併合は必然化することになる。