職業別人口と世帯の構成人員

480 ~ 481

大正九年の各町別・職業別人口構成を第129表で見てみると、大井・大崎町では工業人口が全体の五〇%以上、品川町も四五・五%をしめており、すでに当時から工業地帯としての性格を持っていたことがわかる。しかし、品川町は商業人口が二七・七%あり、商業的機能が伝統的に強かったことを物語っている。これに対して、平塚村(荏原町)はまだ都市化の初期段階にあたり、農業の比率が二七・七%と高い比率をしめている。しかし工業人口も当時すでに四〇・五%と農業を大きく離しており、都市化の滲透を意味する数値である。

第129表 大正9年職業別人口構成
地域 農業 水産 鉱業 工業 商業 交通業 公務自由 その他 総数
品川町 人
280 224 128 7,711 4,701 1,372 1,343 1,172 16,941
%
(1.6) (1.3) (0.7) (45.5) (27.7) (8.0) (7.9) (100)
大井町 374 285 88 8,779 2,690 762 1,039 967 14,984
(2.5) (1.9) (0.6) (58.6) (17.9) (5.0) (6.9) (100)
大崎町 361 7 61 7,498 2,779 1,137 1,077 1,282 14,202
(2.5) (0.05) (0.4) (52.8) (19.5) (8.0) (7.5) (100)
平塚村 835 5 31 1,210 375 220 195 143 3,014
(27.7) (0.1) (1) (40.5) (12.4) (7.3) (6.4) (100)

 

 次に昭和五年について見ると、品川・大井・大崎三町を含めた旧品川区では、公務・自由業の比率の増加がめだち、いわゆる都市型の比率配分を示すようになり、旧荏原区(平塚村)でも農業がこの時期には全く衰退し、商業・公務自由業が増大しており、旧品川区と全く変わらない構成を占めるにいたっている。次に大正九年の各町別世帯構成人員からいくつかの町をとりだした比率グラフを見ることにする。

第130表 昭和5年職業別人口構成(品川区は,品川・大井・大崎を含めた地域,荏原区は荏原町)
地域 農業 水産 鉱業 工業 商業 交通業 公務自由 その他 総数
旧品川区内 人
573 456 77 26,662 20,688 4,535 18,117 2,449 73,557
%
(0.8) (0.6) (0.1) (36.2) (28.1) (6.1) (24.6) (100)
旧荏原区内 458 8 39 19,480 12,850 3,359 11,084 1,694 48,972
(0.9) (0.02) (0.08) (39.8) (26.2) (6.9) (22.6) (100)

 


第88図 町別の世帯構成人員比率(大正9年)

 一般に一世帯の構成人員は農家では人員が多く、都市的生活者は少ないものである。また、都市化されつつある地域では、他地域から移入する都市的職業の人は、比較的若年層によってしめられる傾向が強い。したがって、大家族の多い地区は農村的であり、小家族の多い地区は都市的であるということができる。

 グラフを見ると、北品川宿・大井町・上大崎などの地区では、三人を極大に二人ないし四人が次いで多く、都市型を示しているのに対し、中延・小山などでは六ないし七人の比率がかなり高く、いまだ農村型を示していることが知れる。しかし、同じ平塚地区内でも戸越では都市型に近いタイプをもっている部落もあり、都市化の波を早くうけ始めていることがうかがわれる。