職工の生活

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大井町の一人の労働者が、職工生活の苦しみと喜びを綴っている。工場内での労働は毎日一〇時間、油だらけのズボンとシャツでわきめもふらずに懸命に働く、たまには石油で顔を洗わねばならないほど油で真黒になる。年齢はかぞえで五十九歳だが、ここ十年来病気をしたこともなく、毎年一等皆勤賞をうけるという働き者である。

 しかし、生活は決して楽ではない。家は狭苦しいし、夏など風通しも悪く、かやの中ではのりまきを並べたように子供たちがころがっている状態だという(大井町 朝夕庵主人「楽しき労働生活」『産業及労働』大正七年十一月号)。しかも、社会問題の発生の項で述べたように、当時の職場は大工場でも決して明るい民主的なものではなかった。

 大正期の職工たちの生活内容をやや立ち入ってみてみよう。第135表は友愛会荏原支部の会員で、大井町の某工場で、請負賃金で働いているもう一人のおそらく結婚早々の職工の家計収支である。収入は大正七年(一九一八)の二月一日から四月三十日までの三ヵ月の一日平均賃金九八銭、一ヵ月二十六日稼働として月収二五円四八銭、それに第一次大戦のブームで戦争手当二割五分=六円三七銭が加算されて合計三一円八五銭になる。二年ほどさかのぼるが高野岩三郎の「東京ニ於ケル二十職工家計調査」の月収と比較してみると、二〇職工平均二三円五二銭一厘よりかなり高い、月収階層別でも高い階層に属する。だが決して楽ではない、全支出中に占める飲食物費の割合は四〇・五%、エンゲル係数でいえば、「辛うじて生活が維持されている」水準に過ぎない。しかも、夫婦二人だけで子供もいないことも、この場合ある程度の生活水準を保証する要因になっている。ただし両親に対する仕送りを、月四円五〇銭ほどしなくては「子としての道立たざる」と思っているのだが、この収入ではできないとこぼし、それが賃金値上げ要求の積極的原因になっている。さらに、飲食物費のなかで米代が六三・四%も占めているが、昭和四十二年総理府の家計調査によれば、食費のなかで米代は二割にすぎない。ちょうど米騒動の起こる前年ころで、米の価格は一升が一二銭(大正六年)だったものが、この家計では一升三〇銭にもはね上がっている。当時は、とにかく米がたべられれば普通の生活ができたといわれた時代であった。他方、住宅は六畳と三畳二部屋の借家だが、家賃は一ヵ月五円、井戸代・家具などを含めて住宅費が、全支出の一七・七%、戦後の民間借家と比較すれば、家賃は安かったのだが、かなりの負担であったろう。

第135表 一職工の家計
項目 金額 比率 備考
円 銭
収入 31.85 (100)
 工賃 25.48 1日平均98銭26日稼働
 戦争手当 6.37 25%
支出
(1)飲食物費 12.90 (40.5) 〔100〕
 米 8.18 〔63.4〕 2斗7升,1升30銭
 魚肉・野菜 2.02
 塩・味噌・醤油・砂糖 1.30
 茶,菓子 0.50
 酒,タバコ 0.90
(2)住宅費 5.55 (17.7) 6畳3畳2間
 家賃 5.00
 井戸代 0.05
 家具 0.50
(3)光熱費 2.45 (7.7)
 電灯代 0.45
 燃料費 2.00
(4)被服・身廻品費 3.80 (11.9)
 被服 2.50
 装身 1.30
(5)保健費 1.00 (3.1)
(6)交通・通信費 1.00 (3.1)
(7)会費,寄付金,衛生費 0.16 (0.1) 町会費,鎮守納,ゴミ掃除,便所掃除
(8)交際費 1.20 (3.8)
(9)教養費 0.74 (2.3)
(10)雑費 1.05 (3.3)
 消費支出計 29.85 (93.7)
 貯金 2.00 (6.3)
 合計 31.85

(備考) 1)友愛会機関誌『労働及産業』1918年(大正7年)7月号「吾等は幾何の賃銀を要求するか」に応募し,佳作となった荏原支部探柳生「日給一円四十銭を下す能はず」
     2)住所大井町4157
     3)別居せる両親に扶助料4円50銭の捻出を希望し,それを加算すれば月36円35銭の生活費となり,1日当り1円39銭8厘≒1円40銭,手当を除けば一日42銭,約24.9%の賃上げ要求となる。


第102図 米問題に対する檄

 彼は同じ友愛会機関誌につぎのようなうたを投稿している。

  さしせまる生活にあれば薬瓶

      さげつつもくぐる工場の門

                     (大正七年八月号)

第136表 東京に於ける20職工家計調査

(大正5年5月)

所得金額 世帯数
円 銭
12.04 1
15~20 8
20~25 4
25~30 3
30~35 3
53.46 1
20
1世帯平均 円 銭 厘
23 52 1

(備考) 1)20職工の住所分布は市部12名,郡部8名,うち大井町1名,下大崎町,南品川各2名。
     2)対象はいずれも友愛会員。