関東大震災が、創成期をへて急速な発展を辿っていた京浜工業地帯の諸工業に多大の被害を与えたことはいうまでもない。その結果、工場数でみると第一次大戦直後の好況期の約三分の一に急減し、これが復興するまでに約五年の歳月を要したといわれている。この打撃から立直って、再び急激な発展を始めるのは、満洲事変以降のことであり、昭和十年ごろには、全国生産額の二〇%をこえるまでに回復・発展をとげている(隅谷三喜男編著『京浜工業地帯』)。しかも、京浜工業地帯の中枢を占める川崎・鶴見地先海岸の埋立事業も関東大震災当時には、その計画の半ば以上を達成しており、昭和三年秋には、一五〇万坪にも達する埋立および付帯工事もついに完成してゆくのである。さらに、京浜電鉄の展開や、鶴見臨港鉄道の敷設と相まって、芝浦製作所・旭硝子など大企業の進出をはじめとして、中小諸工場があいついで建設・移転することになるのである(『川崎市史』)。
当区域内の諸工業の展開も、これと決して無関係ではなかったはずである。さきの東京市域拡張準備のための調査資料が示すところでは、有業人口に占める割合は、商業人口についで最も工業人口が高い比率を示している(第139表)。
町名 | 品川町 | 大井町 | 大崎町 | 荏原町 | ||||
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人口戸数 | 人口 | 比 | 人口 | 比 | 人口 | 比 | 人口 | 比 |
業種名 | ||||||||
人 | % | 人 | % | 人 | % | 人 | % | |
農業 | ― | ― | 9 | 0.0 | ― | ― | 282 | 0.3 |
水産業 | 894 | 1.6 | ― | ― | 135 | 0.25 | ― | |
鉱業 | 492 | 0.8 | ― | ― | 298 | 5.5 | ― | ― |
工業 | 21,314 | 38.3 | 4,832 | 32.6 | 25,078 | 46.6 | 7,252 | 8.5 |
商業 | 14,607 | 26.2 | 5,702 | 38.4 | 10,396 | 19.3 | 34,927 | 40.7 |
交通業 | 7,164 | 12.8 | ? | ― | 4,949 | 9.2 | 1,238 | 1.4 |
公務自由業 | 5,126 | 9.2 | ? | ― | 5,142 | 9.6 | 1,837 | 2.1 |
家事使用人 | 165 | 0.3 | ? | ― | 482 | 0.9 | ? | ? |
無職 | 4,736 | 8.5 | 85 | 0.6 | 85 | ? | ? | |
その他 | 1,141 | 2.0 | 4,202 | 28.3 | 4,202 | 7.8 | 40,252 | 46.9 |
計 | 55,639 | (100) | 14,830 | (100) | 53,780 | (100) | 85,788 | (100) |
注)『荏原郡各町村現状調査』,大井町を除き,昭和5年国勢調査より推定。
その内容を検討してみると工場数の場合には、大井・大崎・荏原の三町に限ってみても(品川町は典拠資料の不備のため除かざるをえなかった)、機械器具工業関係が圧倒的な高さを示し、化学工業がそれについでいる。職工数では紡績工業が最も高く、機械・印刷製本・化学の各工業がこれに続いている。最後に工業生産額を手掛りに、品川町と大崎町とを対比してみると、大正期の検討の折にも指摘したように、目黒川流域から大崎駅付近には、機械器具工業が集中をみせ、過半をこえる高い比率を示す。
町名 | 大井町 | 大崎町 | 荏原町 | |||
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工場数 | 工場数 | 工場数 | 工場数 | |||
業種名 | ||||||
% | % | % | ||||
紡織 | 2 | (3.7) | 20 | (11.6) | 8 | (12.1) |
金属 | 5 | (9.2) | 35 | (20.3) | 10 | (15.1) |
機械 | 21 | (38.8) | 76 | (44.1) | 26 | (39.3) |
窯業 | 2 | (3.7) | 5 | (2.9) | ― | ― |
化学 | 8 | (14.8) | 15 | (8.7) | 10 | (15.1) |
製材 | 2 | (3.7) | ? | ― | 1 | (1.5) |
印刷製本 | 1 | (1.9) | 9 | ― | 2 | (3.0) |
食料品 | 6 | (11.1) | 5 | (2.9) | 6 | (9.0) |
ガス電気 | ― | ― | ― | ― | 1 | (1.5) |
その他 | 7 | (12.9) | 16 | (9.3) | 2 | (3.0) |
計 | 54 | (100) | 172 | (100) | 66 | (100) |
注)『荏原郡各町村現状調査』より作成。
これにつづくのが、製薬・ゴム加工業なのである。品川町の場合も、諸機械・度量衡器の両者の生産額比率の合計は三割をこえ、医療薬品の生産額も二割に近いのである。零細な中小工業を背後にもちながら、機械・化学工業に重点をおいている点、京浜工業地帯の形成・発展における一翼を担っているものといえよう。まさに大規模な機械製造工場は芝浦に、小工場は目黒・芝浦・三田から古川の両岸に、さらに目黒川低地と小名木川以北に集中しているのである。化学工業についても、ゴム工業が大崎および江東方面に分化・集中してきているといえよう(隅谷編『京浜工業地帯』)。
町名 | 大井町 | 荏原町 | ||
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職工数 | 職工数 | 職工数 | ||
業種名 | ||||
人 | % | 人 | % | |
紡織 | 759 | (28.5) | 145 | (15.6) |
金属 | 90 | (3.4) | 98 | (10.5) |
機械 | 1,082 | (4.0) | 334 | (36.0) |
窯業 | 45 | (1.7) | ― | ― |
化学 | 188 | (7.0) | 109 | (11.7) |
製材 | 13 | (0.5) | 3 | (0.3) |
印刷製本 | 136 | (5.1) | 169 | (18.2) |
食料品 | 81 | (3.0) | 52 | (5.6) |
ガス電気 | ― | ― | 10 | (1.1) |
その他 | 269 | (10.1) | 6 | (0.6) |
計 | 2,663 | (100) | 926 | (100) |
注)『荏原郡各町村現状調査』より作成。
以下、大正期にひきつづき、産業分類の順序に従って、検討を試みてみよう。