昭和医学専門学校

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大正十四年、当時の東京大学医学部の医局員であった上条秀介氏が中心となって早期臨床医の育成を目的として医学専門学校の設立の企画をたて、その学校敷地を平塚村中延の鏑木忠正氏所有の約一万坪の農地に求め、鏑木氏を理事長において着々と開校の準備を進め、昭和三年、東大名誉教授岡田和一郎を初代校長に迎えて開校したのが、現在の昭和大学の前身昭和医専である。

 当時、住宅地化が激しく、それに対してまだ医療施設に乏しかった荏原の地区に、付属の総合病院を持ったこの医学校が開設されたことは、この地域の住民にとって福音といってもよかった。