昭和七年(一九三二)十月の品川・荏原両区の成立は、財政上においても町財政から区財政へと大きな変化をもたらした。新しい区の誕生による財政の変化を知るために、昭和七年度の荏原町予算と、荏原郡荏原町が昇格して東京市荏原区となった昭和七年度の荏原区決算を比較してみよう。
第158表をみると、予算額に比べて決算額が大幅に減少し、歳入・歳出の内訳がほとんど変化していることに気づく。荏原町は関東大震災後の急激な人口増加によって財政規模は拡大の一途をたどっていたにもかかわらず、昭和七年度決算で財政が縮小したのは何故であろうか。その理由は、これまで町が独自に行なっていた事業の大部分が、東京市の権限に移されたことにある。
昭和7年度 荏原町予算 | 昭和7年度 荏原区決算 | |||
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款項 | 款項 | |||
歳入経常部 | 円 | 円 | ||
使用料及び手数料 | 96,602 | 使用料及び手数料 | 26,165 | |
交付金 | 14,012 | |||
国庫下渡金 | 119,058 | |||
負担金 | 166 | |||
国庫補助金 | 7,026 | |||
府補助金 | 9,514 | 府補助金 | 160 | |
財産売払代 | 100 | 市補助金 | 22,064 | |
雑収入 | 126,330 | 雑収入 | 169 | |
町税 | 468,838 | 区に属する市税 | 58,530 | |
計 | 841,646 | 計 | 107,089 | |
歳出経常部 | 神社費 | 132 | 会議費 | 2,393 |
会議費 | 2,960 | 事務費 | 11,120 | |
役場費 | 110,051 | |||
土木費 | 60,281 | 小学校費 | 54,148 | |
小学校費 | 442,555 | 学務委員会費 | 63 | |
尋常夜学校費 | 1,386 | 実業補習学校費 | 844 | |
商業公民学校費 | 1,807 | |||
青年訓練費 | 3,571 | |||
伝染病予防費 | 13,137 | |||
汚物掃除費 | 9,204 | |||
勧業費 | 884 | |||
職業紹介所費 | 5,682 | |||
社会事業費 | 13,859 | |||
警備費 | 13,850 | |||
財産費 | 9,761 | |||
負担 | 7,100 | |||
公金取扱費 | 12,000 | |||
交付金 | 48 | |||
雑支出 | 2,590 | 雑支出 | 2,923 | |
予備費 | 14,911 | 予備費 | 6,771 | |
計 | 725,769 | 計 | 78,264 | |
歳出臨時部 | 役場費 | 550 | ||
公債費 | 122,778 | |||
補助費 | 1,846 | 補助費 | 650 | |
諸税調査費 | 2,730 | 区会議員選挙費 | 3,832 | |
台帳整理費 | 870 | 小学校費 | 4,826 | |
訴訟費 | 500 | 雑支出 | 5,064 | |
計 | 129,274 | 計 | 14,372 | |
歳出合計 | 855,043 | 歳出合計 | 92,636 |
内訳をみると、歳入面では旧荏原町時代に最大の財源を占めていた町税がなくなり、区に属する市税が新設されたが、その金額は四七万一〇〇〇円から五万九〇〇〇円と八分の一に減少した。同様に国庫下渡金がなくなって市補助金が新設されたが、ここでも一一万九〇〇〇円から二万二〇〇〇円と五分の一に減少している。また雑収入と並んで主要な財源であった使用料及手数料も九万七〇〇〇円から二万六〇〇〇円と大幅に減少した。
歳出面では最大の支出額であった小学校費が、昭和七年度予算の四四万三〇〇〇円から五万四〇〇〇円と約八分の一に減少している。この小学校費は、東京市立の尋常・高等小学校などの設置のための費用であり、たてまえとしては、東京市でまかなうはずのものであったが、実際上は区に約半分も負担させたものであった。
小学校費は区の成立後も区財政のなかで最大の比重を占めていたが、実質的な決定権は市に移管されていた。その他、役場費・土木費・公債費もなくなるか大幅に減少するかして、これらの大部分が市に吸い上げられる形となった。