産業構成の特色

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戦前、すでに京浜工業地帯の中核地として大小多数の工場を区内に擁していた品川区は、戦時中から戦後にかけて、戦災による打撃や、その後の経済的低迷によって、その工業が停滞した時期をもったが、ようやく昭和二十五、六年ころを契機として復興のきざしを見せ始める。そして昭和三十年以降になると、わが国の全般的な経済高度成長の波にのってたくましい発展をとげるにいたり、工場の新設が相つぎ、三十年代、四十年代へと工場数・生産額ともに毎年のように増加を示して今日におよんでいる。

 昭和四十五年の区の工場数・生産額を見ると、それぞれ五、二四八工場、五、二二四・七億円という数字であって、これは東京二三区中で六位ならびに三位という高い地位をしめている。


第174図 東京23区の地域別工場数,製造品出荷額(昭和45年)

 しかし、この区は工業が盛んであるばかりでなく、いっぽうでは東京でも指折りの密集住宅地区の一つとしての特色も有している。それは、この区にある工場の多くが家族労働にたよる零細工場をはじめ、職場・住宅の近接した中小工場から成っていること、それに大正後期以降から発達して、戦前すでに近郊住宅地としての地位を占めていた荏原地区などを含んでおり、今日でもなお、住宅地としての機能も強くもっているからである。これは人口密度が一平方キロ二万五七五二人(昭和四十五年)と区部では豊島区に次ぐ数値を示していることからも知られる。従って、これら多数の住民の日常生活を充足させるための、小売商業やサービス業などの発展もいちじるしく、商業関係の事業所や従業員の数も厖大な数を占めている。

 そこで、区の産業構成の概要を、最近の事業所統計調査の資料によって見てみよう。

 昭和四十四年の統計によると、全区の事業所数は二万五〇一五、従業者数は二三万六七一七人であって、それは二十三区中六位および七位を占めている。事業所数のうち、工業は五、六五四で全体の二二・六%、また卸小売業は一万〇五一二で四二%、サービス業は四、五一〇で一八%、次いで不動産業が二、二四八で九%と続いている。この区の産業構成の業種別比率を、東京二三区の比率と比較してみると、平均より高いのは製造業の三%、不動産業の三・四%があげられ、平均より低いのは卸小売業の四・六%、サービス業の一・二%である。


第175図 東京23区別の事業所数および東京都の事業所の産業構成比
(昭和44年7月1日)


第176図 品川区の産業大分類別事業所数,従業者数の比率
((昭和44年7月1日)

 これからみると、当区はやはり工業地区としての性格が、産業構成上からもうかがわれるということができよう。また、不動産業の高いのは、その多くがアパート経営者によって占められているからであり、密集住宅地区の特徴を示していると見ることができる。

 次に従業員数からみると、製造業が一〇万四三九四人で四四・三%ともっとも高く、卸小売業は五万五〇六五で二三・三%、サービス業は三万二三〇六で一三・六%であり、製造業と卸小売業の比率は事業所数の場合とちょうど逆転する関係にある。

 事業所を法人・個人の別でみると、会社組織は八、四六七であって、全体の約三分の一にあたり、そのうち製造業では約五七%、卸小売業では三〇%が会社組織であるが、全体としては個人経営の割合が高いということができよう。