品川再開発研究会

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区内において再開発問題を主体的に考えていこうとする企ては、北品川再開発研究会(後に品川再開発研究会と改称)によって始められた。それは、昭和四十一年十月六日に発足した。この研究会の活動については、『産経新聞』(昭和四十二年十一月二十二日)紙上に「さびれる〝品川宿〟のカンフル? 市街地の再開発を民間人が研究会 いたたまれず立ち上がる」というみだしで報道された(資五一〇号)そのそもそもの発端は、主唱者である日本基督教団品川教会佐伯洋一郎(さえきよういちろう)牧師によれば、次の通りである(佐伯洋一郎「住民運動とわたし」<『SD』一九七〇年九月号>)。

 一九六三年頃から、わたしは特に北品川一丁目の商店主を訪れ、何げなくこの町の将来計画について質問することにした。「この町を将来どうするつもりですか」と気軽に聞いて歩いた。赤線がなくなってから、町はたしかにさびれてきている。また、商店の売上げは下降していると聞いたからである。

 これに対する町の人びとの反応は、概して冷淡で、余計なお世話だ、といった感じのものが多かった。しかし、一度や二度ではなく、何回となく出かけては、同じことを聞いたのである。

 (中略)

 わたしは主として北品川一丁目の人びととの対話を試みてきた。一九六五年の秋頃から徐々に空気が変わりはじめ、ある日突如として「それではあなたはこの町をどのようにしたらよいと思っているのですか」と質問は逆にわたしのほうに向けられてきたのである。

 これが旧友金子勇次郎氏(建設省住宅局住宅建設課建設専門官)をもう一度訪問するきっかけとなり、鬼頭梓・河原一郎氏などと相談し、本城和彦先生にもご参加いただいて、品川再開発研究会が発足した。始めは北品川再開発研究会と称してスタートしたが、後に南品川のことも考えるようになってからは「北」を取ることにしたのである。

第248表 品川再開発研究会 正会員名簿(1965年 ABC順)
1 新井英明 日本住宅公団東京支所市街地住宅課
2 長谷川紘 鬼頭建築設計事務所
3 本城和彦 東大教授(都市工学)本会代表者
4 伊東弘祐 品川保健所長
5 伊東傀 東京芸術大学助教授
6 伊藤旦正 品川図書館司書
7 井上寛 三菱銀行品川支店
8 金子勇次郎 建設省住宅局住宅建設課建設専門官 本会幹事
9 鬼頭梓 鬼頭建築設計事務所 東大講師
10 河原一郎 法政大学教授(建築)
11 工藤英一 明治学院大学教授(経済学)
12 古賀牧人 朝日新聞社
13 加藤誠太郎 東京都住宅局開発部推進課地区調査第二係長
14 森清武 日本地域開発センター調査役
15 中野昇 品川区役所建設部土木課
16 中村正義 医師
17 大川陸 建設省住宅局住宅建設課
18 奥田道大 東洋大学教授(社会学)
19 酒井吉幸 東京都民銀行蒲田支店長 本会会計幹事
20 佐伯儉 日本基督教団総務局長
21 島田元 東京都住宅局開発部推進課
22 坂本光一 品川区役所企画室長
23 佐伯洋一郎 品川教会牧師 幹事
24 田辺員人 スペースコンサルタント
25 竹林寛 建設省計画局総合計画課
26 戸谷英世 建設省市街地建築指導課
27 高木照市郎 東京都住宅局開発部推進課地区調査第一係長
28 田中直径 日本住宅公団市街地住宅課
29 田屋敷まつ 品川保健所看護第二係長
30 渡辺俊一 東大助手
31 吉田達男 日本開発銀行総務部兼地方開発局企画部副長

 

 研究会は毎月一回、いわゆる手弁当で行なわれ、北品川一、二、三丁目・南品川・東品川の全部、約二六〇万平方メートルに及ぶ地域を対象に研究・調査を実施し、ときには地元の人びとの参加もあった。この会の目的については、会則に次のように書かれている。

  都市周辺部において再開発を行う場合に、住民の立場に立って考えなければならない問題は何か、そして、それらの問題点をそれぞれの地区の実態に応じて解決するためにはどうすべきかなどを、品川地区に即して調査研究し、計画する。

 

 研究会の成果は、雑誌『SD』一九七〇年九月号に「特集 地域空間の共同主観性を索めて――品川再開発研究会の実践――」として掲載された。それによれば、この会のめざすところは、スラム化の危険にさらされながらみずからの力で再生する力を欠き、しかも都市政策のなかで忘れられがちな地域の典型として品川を考え、このような土地でいかに住宅地再開発を進めたらよいかの提案を作成することにほかならなかった。

 まずその基礎となるべき地域の実態調査は都の委託調査として進められた。そこでは、この地域の住民にみられる一種の「あたたかさ」が指摘され、次のように解説されている(本城和彦「地域住民の特徴」)。

 

 わたしたちは地区の保健所の所長の発言で、コンクリート=アパート団地を中心とした前任地の地区と、この地区とをくらべると、ここのほうが<あたたかい>という指摘に著しく心をうたれたことを語らねばならない。一戸一戸がプライヴァシーの確立した団地の生活には、ちょっと入り込めない冷たさとよそよそしさがある。ここの地域では路地の奥には共同井戸や共同便所が未だあるというような、いわば過去の老朽化した住環境が残されているとしても、そこに住む人びとはかつての江戸の下町のような庶民の心のあたたかさを持ち、それをエンジョイしながら暮らしていると思われるのである。

 

 さらに、この地域における環境改善の推進主体として期待しうるのは、いかなる住民階層か、という点について、次のような困難さが指摘される(前掲稿)。

 

 地域住民のうちで、その環境を改善してゆくのにもっとも力があるのは何といっても長くそこに住む人たち、すなわち地付度の高い人たちであろう。しかしこの人たちは多くは年長の人たちであり、それなりに保守的な考え方に止まり易い、地区の発展を願うとしても、それに対する大手術となるような事業には積極的に参加しようという意図も発想も弱いと考えねばならない。そして活動力のある若い層は地付度の低い層であるとしたら、地域社会の内部からの<再開発>を担う力は強いとは言えないだろう。

 

 これらの調査結果からいえることは、この地域の再開発の主体となりうるであろう階層は、保守的な高年齢の地付層である。かれらが、再開発を積極的に推進する運動体として形成されるまでには、長期にわたるいくつかの段階を経ることが必要であろう。調査を実施した本城和彦教授は、レポートの最後に次のように書いている(前掲稿)。

 

 私たちがこの調査の結果から考えたことは、地元にとってもっとも共通であるような、歩行者のための交通の安全、より多くのオープンスペースの確保といったことを目標にして、たとえ目の醒めるような事業でなくとも、一つ一つの物事を獲得してゆくような運動体が形作られるとき、<市民のための>再開発は緒につくのではないかということであった。そのような力が外からする変化への力に均衡を保ちつつ地区の環境を向上させるように働くことが今後もっとも期待されなければならないだろう。

 

 以上のことは、「町づくりは人づくりだ」ということばを思い起こさせる。再開発の主体をなすにふさわしい人間の形成は、住民運動そのもののなかで推し進められ、そこにめばえる連帯意識によって強力な運動体として結実するのである。品川開発研究会の発足が、人間の魂の問題に使命をもつひとりの牧師によってなされたことは、きわめて象徴的なことであった。