第一編 東信風景論

 はじめに「煙は高き浅間の峰、流れは清き千曲の川」が東信濃風景の「代表語」であると書かれています。また、「美しかな東信濃の山河の固め」としての浅間は「巨人の山。偉人の山。不朽の山。」と位置付けられています。さらに、徳富蘆花は「浅間と千曲とを除き去らば、東信の風景は、殆ど皆無」と述べたことも紹介しています。続けて、「浅間の高さはそれほどにもなきこと、乙女峠より富士を望むにも劣れり、それとこれとは距離の遠近、山の高低に区別ありて、一口には評しがたけれど、・・・これらの山は活火山と死火山とを代表する本州の二名山にして」と、富士山と比べながら論じています。このころ、富士山は死火山と認識されています。
 「嗚呼、地上唯一の偉よ、壮よ、浅岳よ、吾人は決して汝を忘る々能はざるを奈何せん。」と浅間山の偉大さを賛美して、風景論は結ばれています。