本書のうち、初編上、第一編上は、次のような構成と内容になっています。
○総論
松本の町の概要、町の賑わい、交通の要所である松本、産業の発展、文化について書かれています。
○初市
一月十、十一日の南深志町の初市の様子が次のように書かれています。
南深志町はその前夜から枝町・裏町にいたるまで、くまなく軒先にはガラス紅灯を懸けつらね、とくに本町と中町の店は金装銀飾の屏風を建てめぐらし、家業それぞれの商品を陳列した。街頭には「奉献万商守護神」「奉納市神御広前」と大きく書かれた幟がみられ、七色の吹き抜けを屋上になびかせた店もあった。各町からは一〇あまりの山車(だし)もだされた。
一月十日の夜は、宵祭といい、日暮れとともにそれぞれの店に蝋燭の火がともされ、市街のランプや店先の街灯がいっせいに点火された。積雪のあるときなどは、凍った道路やまわりの雪などに街灯が照り映えて、「上下四方照らさざる所」がないほど美しい光景となった。人々は、きびしい寒さをわすれて、酔った勢いで路上の氷に足をとられて転び「頭を抱えて起つ者あり、腰を押えて悩む者あり」、児童は露店の桜飴をほしがる、などとしるされている。念末寺裏の梵鐘が午前二時の時刻を報じるころ、雌雄二頭の大獅子のお練りとなり、市神が遷座する行をひらいた。道があくと、神輿が通過していった。十一日には、きびしい寒さもいとわずに、露店商がわれさきにと町にあつまり、氷の地面に筵を敷き、戸板をならべ、飴菓子・縁起物を山のように積みあげた。近郷遠村の人々は、大きなにぎり飯などを腰につけて町へあつまった。市中だけでなく近郷遠村の老若男女が、日のあけるのを待ちわびて、思い思いのいでたち着飾って群がり、「人々は雲の茲(ここ)に蒸が如く」「霞の茲にたなびくが如く」あつまったとしるしている。「さすがに広い町も、人々の頭のうごくのをみるのみで、立錐の余地もな」く、人々はまず市神の広前に参拝し、賃銭をあげ、塩を買った。万商守護神の宝前は賽銭が夕立の雨のように投ぜられた。飴だけは、だれもが買った。飴売店に銭がたまるようすは「塵捨場に芥の積る如く」で、人々は本町を徘徊し、中町では呉服店などの大安売りの声にひかれてでかけた。子どもは玩具、生徒は書籍、娘たちは絹縮緬の小切れを買い老人は縁起物を買った。平日の三割引の店もあり、店の家々の主人は、大入をかなえようと必死であった。日が西山にかたむくころ、市神は獅子を先駆けとして、仮殿をでて本祠にうつっていく。あとには、ただ夜空に月がさえわたった厳寒の空に輝いていた。
○裁判所
松本にある裁判所について、「詞訟の多きは文明進歩の徴なり。独り文明の進歩を徴するのみならず、詞訟は文明の進歩を進むる器具なり」と評価しています。そして、北深志町の地蔵清水にある三棟の裁判所の建物が「美麗」であり、「暗に裁判の公明を表章するが如く、背後には天守閣の雲際に聳ゆるありて」、中央に本局事務、左右に民事・刑事の法廷があることを書いています。三棟には板縁があり、三棟に交架した板縁で自在に通行できるようにしてありました。門には、左に「松本始審・軽罪裁判所」、右には「松本治安裁判所」の大きな表札二つ、門の左右に各一つの訴訟人の控所があり、控所から法廷への通路にはひさしをつけて、訴訟人が雨・雪などによってぬれないようになっていました。
初編下、第一編下は、次のような構成になっています。
○町村会
○人力車
ここでは、松本における人力車の激増を述べ、人力車をあつかう人のことも記されています。人力車へ乗ることを強要して、相手にしない人には罵言雑言をあびせるものもいました。また、最初に価格をきめずにのせて、遠回りをして過分の賃銭を要求するものもいました。しかし、そのいっぽうで、急患や道に迷ったもの、泥酔者などを人力車にのせて家に送ったり、のせた客の忘れ物を発見して届けるものもすくなくなかったと書かれています・。
○密売淫
松本の私娼について、私娼は「ハリバコ」とよばれたと記しています。