[現代訳]

 3月3日朝8時ごろのことです。井伊掃部頭様が江戸城へ登城するため桜田門外までさしかかりました。その行列に水戸家の浪士17人ほどが、刀や短筒を持って襲撃しました。即死者やけが人が多数あり、井伊家にとってはこれまでにない大事となってしまいした。恐れ多くも井伊直弼様におかれましては、9分9厘命を落とされたことと存じます。
 折も悪く大雪が降り風が強く、少し先も見えません。水戸家の浪士は風合羽や桐油合羽を着込み傘をさし、下駄をはき、節分のお祝いで諸侯が登城する様子を見物する人々に扮していました。井伊さまのお駕籠が近づいたとき手早く合羽などを脱ぎ捨て、裸足になって切り込みました。
 井伊さまのお供をしていた者たちは桐油合羽を着、大小の刀へ柄袋をかけ、刀の鞘を結びつけていたため刀を直ちには抜けませんでした。
 水戸家の浪士は直ちにお駕籠に向かい短筒を打ち刀を刺し通し、御首を打ちました。
 双方に即死者や怪我人が多数あり、前代未聞の騒動となりました。どちらの家も名家であり、この騒動がどのようになっていくのでしょうか。ただただ穏やかに収まるよう、皆がともに朝夕祈念しているところです。
 これらのことは近々の話題ですから、たぶん御承知かもしれませんが、お知らせいたします。
 
    水戸殿のご家来が3月3日に
    井伊殿のご登城先桜田門外で
    お駕籠を襲撃した17人
  大関和七郎      森五郎九郎(脇坂で死去)
  黒澤忠兵衛      瀬野升之助
  山口辰之助      廣岡子之次郎
  関 新兵衛      松山與市郎
  増子清三郎      森 繁之助
  斎藤 監物      鯉渕 要人
  稲田 重蔵      海渡先之介
  岡部三重郎      蓮田一五郎
  廣木和之助
 
    そのうちの
    5人は 即死
    3人は 脇坂家へ駆け込む
        この者たちは町奉行へ引き渡し、伝馬町へ送るべきところ
        すぐさま細川家へお預けとなる
    4人は 細川家へ駆け込む
        お預けが七人となったので、細川家の屋敷内に急きょ揚屋ができた
    1人は 土佐殿へ駆け込む
    1人は 薩州邸へ駆け込む
    1人は 長州邸へ駆け込む
    1人は 阿州邸へ駆け込む
    1人は 仙台邸へ駆け込む
 
    井伊家の即死は八人
        三名は翌日死去
    井伊掃部之頭様は4日から今日10日まで登城していません
 
   水戸家へは、以後心得違いの者や狼藉をはたらく者がないように門の 出入りを厳しくするよう言いわたされました
 
   これらのことが彦根にただちに報告され、彦根藩からは80人ほど出発し江戸へ着きました。
 
  3月10日
吉池文之助様へ
             吉池由之助より
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