砂漠の夜

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          二年  田 中 栄 一
身は綿の如(ごと)く疲れ、ピラミツトの様に重い苦しい足をひきづりながら、とある丘に上つた。薄い月は傍の椰子樹の枝にかかつて、茫々たる砂漠の夜は紫にかすんでゐる。
あゝ、故国を離れて数千里、100又40日異国の土を蹂躙(じゅうりん:ふみつけること)す。夜となく昼となく故郷のことは思ひ出されぬ。母につれられて○○に遊びし事や、教科書を息もつがず読んでいた弟の顔や、露じめりした朝の2里の路を飛鳥の如(ごと)く走つたことが見える。友と琴平山に月を見て楽み、今はサハラの砂漠に月を見て悲む。あの時吾れと吾が友を照ししも此の月なりしを、友は昨日土人(どじん:注50)の刃にかかり短き生涯のうらみを砂漠の野に残して歿し、今は彼を照らさずして吾れを照らすとは。追懐は汲めども尽きぬ泉の如く、果ては今朝掘した(くっした:掘り起こ)した髑髏(どくろ)の運命は直に自分の運命ではないか。