七瀬村

地域
北信
市町村名
現在(令和2年):中野市(なかのし)
明治初期:七瀬村(ななせむら)
幕末から明治初期:七瀬村
幕末から明治初期(よみ):ななせむら
『長野県町村誌』
1巻 p992に掲載 該当ページを見る
キーワード
字地:
屋敷添(やしきぞい)/出水(でみず)/日焼(ひやけ)/街渠(どぶ)/野地付(やちつき)/宮前(みやまえ)/南原(みなみはら)/中原(なかはら)/西原(にしはら)/前山(まえやま)/棚畑(たなはた)
山:
永嶺山(ながみねやま)
道路:
小布施街道(おぶせかいどう)
社:
七瀬神社(ななせじんじゃ)
寺:
泰運寺(たいうんじ)
学校:
好德学校(こうとくがっこう)
物産1:
茄子(なす)/牛蒡(ごぼう)
物産2:
鶏卵(けいらん)/生糸(きいと)
民業男:
農(のう)/藁細工(わらざいく)
民業女:
農(のう)/木綿織(もめんおり)
その他特記ワード:
姥ヶ沢野(うばがさわの)
明治初期の村絵図・地図(県立歴史館所蔵)
七瀬村(図)
史料ID:14-1 3-33
七瀬村(図)
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変遷図
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市町村史誌目次情報DB
中野市誌/下高井郡誌